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風に願いを

 教室の窓から身を乗り出すようにして、猫は雲を手招いていた。
 手招きに応じるように白い雲は、猫の耳元へ近づいてくるけれど、遠慮深い雲は一つとして窓から入ってきて、机に頬を埋めて眠るお婆さんを起こしたりはしなかった。その代わりに入ってくるのは、夏の澄んだ風ばかりだった。風はこっそりと入り込んで壁沿いを流れ、お婆さんの足下をくすぐり、天井に舞い、戻ってきてはお婆さんの髪を撫でつけた。それから夏の日めくりをまとめてめくって、教室の中を一時的に秋にした。
 猫の真上に訪れた雲の底辺はきれいに整っていて、お婆さんがかけたアイロンのせいだと猫は思った。お婆さんの見事なアイロンの仕上げぶりに心を奪われたように、猫は雲が街を一回りする間、その整った雲の底辺を水面を跳ねる魚たちを眺めるようにして見つめていた。
 猫が地上を見下ろした時、すっかり誰もいなくなっていて猫は目を丸くした。

----みんなどこへ行ってしまったのだろう。
 街のものたちがみな一斉に猫の視線を避けるようにかくれんぼを始めてしまったのだとしたら、そのかくれぶりは猫がささやかな嫉妬を覚えるくらいに見事なものだった。
 あるいは、みんな風が、そうさせてしまったのかもしれなかった。
 けれども、猫は見えない線の前で立ち止まっている少年の姿をついに発見した。

----ねえねえお婆さん、あの線は何?
 「あれはそう、失望の停止線」
 お婆さんが、眠りながらむにゃむにゃと答えた。



心あるものたちの弱さが
大切なものを奪って
キミをひとりにする

見えない線が
とりまくほどに
動けなくなった

キミを遠くで見つめていた

僕はキミから見えないが
キミをそっと押すだろう

心ないものたちの狡さが
大切なものを傷つけて
キミをひとりにする

見えない線が
からみつくほどに
動けなくなった

キミを遠くで見つめていた

僕はキミには知れないが
キミにそっと添うだろう

心を見失った時が
大切なものを忘れさせて
キミの歩みを止めてしまう

失望の線は
すべての歩みを止めて
キミを苦しめてしまうけれど

僕は小さな 一歩をあげる

抱えることはないけれど
僕はキミに
そっと触れるだろう

まるで小さく 願うように




「願いましては……」
 お婆さんの呼びかけに応じて、猫は風にむにゃむにゃと願いをかけた。
 風は猫の願いを悠然と受け流して、一切の邪念を帯びることなく風であり続けると、指々が弾き立てるじゃらじゃらという愉快な音たちに絡みつき戯れ、じゃれ合いながら駆け抜けていった。それでもなぜか、猫は窓辺のカーテンにしばし包まれて、空っぽの街の風景を一瞬見失ってしまうのだった。

「それでみなさんそろばんをしまってください」

 お婆さんがそう言うとみんなは、じゃらじゃらとそろばんを机の中にしまうのだった。
 それからまた暗算の授業が始まった。しまったはずのそろばんの音が、教室の中で鳴り響いていることに猫は混乱して、窓辺から跳び下りた。一人一人の机の上に跳び移りながら、そろばんを弾く指を見つけようと眼を輝かせたが、それはどこまでいっても見つからず、だから猫は延々と教室中の机たちを求めて跳びまわっていなければならないのだった。それでも子供たちは、どこまでも優秀な子供たちは、執拗な猫の妨害にも少しも乱れる様子もなく、ただ一つの光にたどり着くように答えを見つけ出してしまうのだった。猫は、みんなが帰ってしまうまで音の探求をやめなかったため、机はほとんど傷だらけになってしまった。

 失望に満たされた猫の瞳の奥に、一度だけ気にとめた、あの少年の姿がよみがえった。
 けれども、猫が戻った時、もう窓のずっと向こうに、立ち止まる少年の姿を見つけることはできなかった。

 その横顔は、猫の想像の向こうに消えてしまった。

 風は、ぴたりと止んでいた。
 お婆さんが、うわごとのように歌を詠むのが聴こえる。


----カーテンがなびいた後で私にも少し遅れて風が届いた





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テーマ : 詩・唄・詞
ジャンル : 小説・文学

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junsora(望光憂輔)

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おかしな比喩を探し求める内に
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今日も散らばって行こう
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『ウィキペディア』












































 

「行き先のないバスに乗って
 あてのない旅をしています」

「僕たちは心の旅をまだ
 始めたばかりなんです」



「この場所は自由な場所。
 本当に自由すぎる」
「でもまだ足りないんです」





「春の足音を、
 しばらく前に、聞きました。
 私はもうとけてゆきます」
「大いなる誤解が
 とけていく速度で…」






『落書き』

偶然たどり着いたこの場所
あなたは何を探していたのです

求めるものと目の前にあるもの
それはどれほど違っていても
みかんの色は変わるのです

あなたという存在が
あなたを囲む海や人や森が
歌い励まし騙し傷つける頃
空想の世界の中で
生まれ変わるならば
いつかそれは
求めるものと同じであったか
近づいていくこともあるのでしょう

偶然目に触れた落書きに
こんなことが書いてあるとは
思わなかったでしょう
だからそれを望んで
これを書いたのです

少し時間を
無駄にさせてしまったね






『空白の壁ときみ』

壁が空いているから
ここを詩で埋めようかな

何も書くことはないけれど
何もない時だって
詩を書いていいんだよ

何もなくても
聴きたいときがある
きみの声を

点滅するバスは
行き先を決めかねているけど
もう詩は出発したよ

年中融けない雪だるまが
上で見てるんだ
これでまた融けにくくなった

壁が空いているから
サンドイッチのない詩を
猫に内緒で書いてる

見つかると嫉妬するからね

寝静まった頃静かに書いて
きみもやっぱり静かに読む

見知らぬきみ
またここで落ち合おう

きみの空いてる時間にね






『そんな横顔』

獣のような 大声で
どこかで 叫んだケダモノ
気高さを保ったまま
毛玉を嫌う ケダモノ
そんな生き物が いるのだろうか

僕らは 
不思議な生き物を見るような目で
不思議な生き物を眺めるんだ

1000年前から生きてるみたいに
落ち着いて 慌てない
何でも知ってるような
そんな横顔で
質問には 答えることもない

それでも 僕らは
昨日生まれた ばかりのような
そんな横顔 してたんだから
不思議な生き物 眺めるような
そんな横顔 してたんだから






『片隅』

ノートの片隅に
詩を書いている
誰に見せる
あてもない

頭の片隅に
詩を留めている
未だ現れる
気配はない

カフェの片隅で
詩を書いている
誰に会う
約束もない

世界の片隅で
詩と向き合っている
そうしていると
寂しくもない






『できそこない道』

完成することのない
できそこない道を
僕は歩いている

進んでいるのか
戻っているのか
それさえわからない

それでもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている

つまずくことばかり
挫けることばかり
たどりつくこともない

どこにもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている






『なきうた』

理由もなく
泣きたくなるのです

二月が終わる頃になると
遥かなる距離を越えて
オレンジの光が
届いたのを知った時

理由もなく
泣きたくなるのです

小さな息吹が
青白い風の中に
溶け込む匂いを知った時

私は生まれるよりも
遥か前のことを
思い出しながら

理由もなく涙を流し
歌わねばならない
という理由において
歌うのです

遠い過去の人である
私の声が
あなたの元へ届く日を
想像したりしながら
























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