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冬の準備

「猫を見なかった?」

けれども、女は顔色一つ変えなかった。
その眼差しは、冷たくお婆さんを突き刺したまま瞬き一つしなかった。
赤いカーディガンから伸びた細い指先が、雨の日の熱帯魚のように輝いている。生まれてから一度も、ダイエットなどというものを必要としなかったであろうスリムなボディー。ファッション誌の20ページくらいを適当に開けば、現れるであろう完全な着こなし。若さ。羨望を込めてお婆さんは女を見つめた。
女は、身じろぎ一つしなかった。

「バナナダイエットって知ってる?」

それは一昔前に、まちである種の熱狂を持って流行した特異な形のダイエットである。
まち中のバナナを求めて、誰もが息を切らして駆けずり回り買いあさった。まるでバナナをたくさん持つことが、その人の社会的なステータスであるかのように。結果、まちからバナナが消えてしまった。人々は、バナナが消えるほどより一層バナナを探してまち中を歩き回り、時にはその労力は隣のまちへ、あるいは遠く離れたまちまちまでも及ぶことになったのである。一つのバナナを探すことに費やされる恐るべき情熱と運動量。そして探しても結局は見当たらなかった時の一抹の寂しさが、ダイエットにつながると固く信じられた。ブームは、なぜか突然に終わった。

「ねえ、そんなものがあったでしょう」

けれども、女は唇一つ動かさなかった。
やっぱりね。あなたには、必要なかったようね。
お婆さんは、沈黙のうちに赤いカーディガンを奪い取った。
今日から、これは私のもの……。
それでも、女は文句一つ言わなかった。
露わになった白い腕の先に伸びた細い指先が、12月を走る涙のように光った。



紙があった
誰かが折った
私も折った

そのようにして
キミをまねた

キミの仕種の
一つ一つを
私はまねた

キミは私の大いなる
お手本だった

ボールがあった
誰かが追った
私も追った

そのようにして
キミをまねた

キミの走りの
一つ一つを
私はまねた

キミは私の大いなる
憧れだった

一つ一つ
キミの形を追って
その意味さえ知らなくても
私はずっとキミのすべてに
ひかれ続けた

いつか私は
キミのように

いつだって私は
キミのように

なりたかったんだ




何も言わない女は、少しだけ寒そうに見えた。
お婆さんは、今まで自分が着ていた色あせたカーディガンを代わりに着せてあげることにした。
女は、少しだけうれしいような少し困ったような複雑な表情を浮かべたように見えた。

「一つ、教えてくれる?」
「私は、これからどこへ行ったらいい?」

女は、何も答えなかった。
けれども、次の瞬間、お婆さんのぼろを纏った腕がゆっくりと動き始めた。徐々に持ち上がった左腕は、あるところまで来ると突然止まり、その指先がお婆さんのこれから進むべき方向を指し示していた。腕は動いても、顔は依然として前を向いたまま動かない。

その横顔は、創作が始まる以前のノートのように真っ白だった。

人形の指示に従って歩いていくと、レジでは猫が一足早くお婆さんを待っていた。
赤い手袋をくわえながら、少し待ちくたびれた様子だった。
そうそう、手袋も買わなくちゃね。
お婆さんは、猫から手袋を受け取った。






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テーマ : 恋愛詩
ジャンル : 小説・文学

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junsora(望光憂輔)

Author:junsora(望光憂輔)

おかしな比喩を探し求める内に
いつしか詩を書きはじめました
たいした意味などありゃしない


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今日も散らばって行こう
いつも破り捨てられても

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「喜多さん、いいとこばっかじゃねえか」

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『ウィキペディア』












































 

「行き先のないバスに乗って
 あてのない旅をしています」

「僕たちは心の旅をまだ
 始めたばかりなんです」



「この場所は自由な場所。
 本当に自由すぎる」
「でもまだ足りないんです」





「春の足音を、
 しばらく前に、聞きました。
 私はもうとけてゆきます」
「大いなる誤解が
 とけていく速度で…」






『落書き』

偶然たどり着いたこの場所
あなたは何を探していたのです

求めるものと目の前にあるもの
それはどれほど違っていても
みかんの色は変わるのです

あなたという存在が
あなたを囲む海や人や森が
歌い励まし騙し傷つける頃
空想の世界の中で
生まれ変わるならば
いつかそれは
求めるものと同じであったか
近づいていくこともあるのでしょう

偶然目に触れた落書きに
こんなことが書いてあるとは
思わなかったでしょう
だからそれを望んで
これを書いたのです

少し時間を
無駄にさせてしまったね






『空白の壁ときみ』

壁が空いているから
ここを詩で埋めようかな

何も書くことはないけれど
何もない時だって
詩を書いていいんだよ

何もなくても
聴きたいときがある
きみの声を

点滅するバスは
行き先を決めかねているけど
もう詩は出発したよ

年中融けない雪だるまが
上で見てるんだ
これでまた融けにくくなった

壁が空いているから
サンドイッチのない詩を
猫に内緒で書いてる

見つかると嫉妬するからね

寝静まった頃静かに書いて
きみもやっぱり静かに読む

見知らぬきみ
またここで落ち合おう

きみの空いてる時間にね






『そんな横顔』

獣のような 大声で
どこかで 叫んだケダモノ
気高さを保ったまま
毛玉を嫌う ケダモノ
そんな生き物が いるのだろうか

僕らは 
不思議な生き物を見るような目で
不思議な生き物を眺めるんだ

1000年前から生きてるみたいに
落ち着いて 慌てない
何でも知ってるような
そんな横顔で
質問には 答えることもない

それでも 僕らは
昨日生まれた ばかりのような
そんな横顔 してたんだから
不思議な生き物 眺めるような
そんな横顔 してたんだから






『片隅』

ノートの片隅に
詩を書いている
誰に見せる
あてもない

頭の片隅に
詩を留めている
未だ現れる
気配はない

カフェの片隅で
詩を書いている
誰に会う
約束もない

世界の片隅で
詩と向き合っている
そうしていると
寂しくもない






『できそこない道』

完成することのない
できそこない道を
僕は歩いている

進んでいるのか
戻っているのか
それさえわからない

それでもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている

つまずくことばかり
挫けることばかり
たどりつくこともない

どこにもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている






『なきうた』

理由もなく
泣きたくなるのです

二月が終わる頃になると
遥かなる距離を越えて
オレンジの光が
届いたのを知った時

理由もなく
泣きたくなるのです

小さな息吹が
青白い風の中に
溶け込む匂いを知った時

私は生まれるよりも
遥か前のことを
思い出しながら

理由もなく涙を流し
歌わねばならない
という理由において
歌うのです

遠い過去の人である
私の声が
あなたの元へ届く日を
想像したりしながら
























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