幻代表選手
今まで何かに選ばれたことはなかったので、大変驚いた。
代表選手としての自覚について自分なりに、色々考える。考えるがわからない。
次の日から、取材人という人がやってきて、今日からよろしくと頭を下げた。
試合の日まで、密着取材させてほしいと言う。特に断る理由はなく許す。
取材人は、影踏み遊びのように、マンツーマンディフェンスをするペタペタ虫のように、あるいは鏡の中のうたい人のようにどこへ行くにもくっついてくるのだった。
カフェに行く時も、海へ行く時も、お墓参りに行く時もついてくる。
モスバーガーに遊びに行く時にもついてくるので、少し疲れる。そして、少し好きになる。
「本当に、どこまでもついてくるんですね」
お風呂場で、ふと言ってみる。
「どこまでも、ついていきますよ」
背中を流しながら、取材人は微笑んだ。
親切な取材人の協力もあって、試合の日までは平常心で過ごすことができ、心身ともに万全だった。
そして、試合の昼がきた。あの真っ赤な太陽が、敵になるのか。
試合が始まった。なかなか自分の出番はやってこない。
他の試合を観戦しながら、体をほぐしながら、待つ。
待っても待っても、呼ばれないので、なおも素振りを繰り返して、待つ。
いつになったら、呼ばれるのだろうか……。
他の選手の人にきいてみるが、どこの国の人もみんなしらばっくれるのでさらにへこむ。
仕方がないので、大会委員の人にきいてみた。
関係者でもないのに勝手に入るんじゃねえ、ばかやろうといってつまみ出される。
まだ試合に出てもいないので、必死になって抵抗した。今日一番の力で抵抗した。
「トリプルスの選手なんです、トリプルスの選手なんです、
トリプルスの選手なんです」
よくきいてください。ちゃんときいて、調べてください。えらい人に。
トリプルスの選手なんです、リベロなんです。きけばいいじゃないか、雲の上の人に。
けれども、警備員は言葉を完全に理解できないロボットなのだった。
ばかやろう、ばかやろう、わからずやの鉄くずやろう。
泣きながら、会場を後にした。
外で取材人が微笑みながら待っていたので、泣きながらプロポーズした。
タイミングが悪かったのか、涙が嫌いな人だったのか、わからないなりに断られた。
じゃあ、と手を振って歩き出す。
取材人の人はついてこなかった。
しばらく歩いてから、振り返ってみると、取材人の人はもういなかった。
誰もいなかった。
元々いなかったみたいに。