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8月の雲とクジラ先生

「問題は、息継ぎの瞬間だよ」

クジラの先生は言いました。

「水を一緒に飲んでしまわないように。
 まずは雲を見ながらやってごらん」

勇太は言われたとおりにやってみます。
腕を回す瞬間、顔を思い切り傾けて、空に白い雲を探しました。
けれども、澄み切った空の中に雲は一つも見当たらず、しまったと思った時には勇太はまた水を飲んでしまいました。先生の言っているイメージと自分の頭の中のそれと、体の動きがなかなかうまく一致してくれないのでした。

「先生、雲は見つけられませんでした」

「雲じゃなくても、月だっていいんだよ」

クジラの先生は優しくそう言って、それから休憩しようと言いました。
先生の背中に乗って海の中へ、深い深い海の中まで入っていくと、小さな魚たちが珍しい生き物を見るような目で近づいてきたり、勇太の神の毛に触れて去っていったりしました。先生の背中はとても大きく、優しくて、どれほど知らない生き物たちが近づいてきても、またどれほど遠く深くへ潜っていこうとも一つも怖いということはなくて、むしろどこまでもどこまでも旅を続けたい気持ちになっていくようでした。

クジラの先生は、突然歌いはじめました。少し、しゃがれた声でした。
そして、その声に引き寄せられるように、他の水の生命たちがキラキラと集まってきて、あっという間に夏のお祭りのようになりました。大きいものも小さいものも尖ったものも毒を持ったものも、この時ばかりはまるでみんなが兄弟というように争う様子もなく、一帯が穏やかな秩序のようなものに包まれていました。
それらはクジラを中心に大きな輪のように広がっていて、みながクジラの歌のファンでした。
そして、勇太はというと、やはり誰よりもファンになっていたのです。
クジラの先生は、透明な夏の理解者に包まれながら気持ち良さそうに歌っています。どこか、ジャニスに似た声音でした。
勇太は、どこかで聴いたことのある歌だと思い出し、どうやらこれは「サマータイム」に違いないと思いながらも、結局誰にもそれを確かめることはしませんでした。

長い長い歌が終わると、平和の光の輪の中に留まっていたファンたちはみな、さよならも言わず、それぞれの日常の中へ戻って行きました。
クジラの先生が上昇を始め、やがて勇太にはまた厳しい訓練が待っていたのです。

「コツは、息継ぎのタイミングだよ」

クジラの先生は言いました。

「水を一緒に飲んでしまわないように。
 まずは雲をみるようにしてやってごらん」

勇太は言われたとおりにやってみます。
けれども、なかなかうまくはいきませんでした。イメージがなかなか合わないためです。それにそんなに簡単にできることだったら、何度も何度も練習したり失敗したりすることを繰り返す理由なんてなかったのですから。

「雲がなかったら、何だっていいんだよ」

勇太は、何度も何度も繰り返し試みました。はやく先生のように泳げるようになりたかったのです。
何度目の挑戦だったでしょう?
いつもと同じように腕を回し、頭を傾けて、そして次の瞬間、勇太は空に白い雲を見ました。
雲は、自然に勇太の口の中に吸い込まれるように入っていきました。
何度やっても、何度やっても、勇太は繰り返し雲を見て、繰り返し雲を吸い込み、海の中で吐き出しました。
そうして、勇太は自分で呼吸するということを覚えたのです。
ようやく、先生の言った意味が……。

「ありがとう、先生。 僕、わかりました」

クジラの先生は、もういませんでした。




     *


熱帯の汗に包まれながら、勇太は目覚めました。
けれども、大事なことはしっかり覚えていましたし、とてつもない自信を帯びていました。
まるで新しい自分に生まれ変わったような爽やかさと、勢いとが抑えきれないほどありました。

「勇ちゃん、上着ていかないと!」

母親に手渡された上を着て歩き出すと、それでもまだ寒いくらいであることに気がついて、勇太ははっと我に返りました。
今は、なぜか冬なのかもしれない……
そう思いながら、空を見上げると、白い雲が気が遠くなるほど遠くにあり、それはだんだん雪だるまのように見えてくるのでした。
せっかく、覚えたところだったというのに、夏の海はまだまだずっと先に行かなければ見ることはできず、その道程の長さは今ここに芽生えた鮮やかな期待なんて少しの容赦もなく不安の色で塗りつぶしてしまうのかもしれません。

道の向こうからは、不安の欠片もないクリスマスソングが流れてきました。
けれども、それより遥かに遠いところから、勇太は懐かしくしゃがれた歌声を聴きました。
8月の海から流れてくる、クジラの歌声。
それはきっと、「サマータイム」なのでした。





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『ウィキペディア』












































 

「行き先のないバスに乗って
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「僕たちは心の旅をまだ
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「この場所は自由な場所。
 本当に自由すぎる」
「でもまだ足りないんです」





「春の足音を、
 しばらく前に、聞きました。
 私はもうとけてゆきます」
「大いなる誤解が
 とけていく速度で…」






『落書き』

偶然たどり着いたこの場所
あなたは何を探していたのです

求めるものと目の前にあるもの
それはどれほど違っていても
みかんの色は変わるのです

あなたという存在が
あなたを囲む海や人や森が
歌い励まし騙し傷つける頃
空想の世界の中で
生まれ変わるならば
いつかそれは
求めるものと同じであったか
近づいていくこともあるのでしょう

偶然目に触れた落書きに
こんなことが書いてあるとは
思わなかったでしょう
だからそれを望んで
これを書いたのです

少し時間を
無駄にさせてしまったね






『空白の壁ときみ』

壁が空いているから
ここを詩で埋めようかな

何も書くことはないけれど
何もない時だって
詩を書いていいんだよ

何もなくても
聴きたいときがある
きみの声を

点滅するバスは
行き先を決めかねているけど
もう詩は出発したよ

年中融けない雪だるまが
上で見てるんだ
これでまた融けにくくなった

壁が空いているから
サンドイッチのない詩を
猫に内緒で書いてる

見つかると嫉妬するからね

寝静まった頃静かに書いて
きみもやっぱり静かに読む

見知らぬきみ
またここで落ち合おう

きみの空いてる時間にね






『そんな横顔』

獣のような 大声で
どこかで 叫んだケダモノ
気高さを保ったまま
毛玉を嫌う ケダモノ
そんな生き物が いるのだろうか

僕らは 
不思議な生き物を見るような目で
不思議な生き物を眺めるんだ

1000年前から生きてるみたいに
落ち着いて 慌てない
何でも知ってるような
そんな横顔で
質問には 答えることもない

それでも 僕らは
昨日生まれた ばかりのような
そんな横顔 してたんだから
不思議な生き物 眺めるような
そんな横顔 してたんだから






『片隅』

ノートの片隅に
詩を書いている
誰に見せる
あてもない

頭の片隅に
詩を留めている
未だ現れる
気配はない

カフェの片隅で
詩を書いている
誰に会う
約束もない

世界の片隅で
詩と向き合っている
そうしていると
寂しくもない






『できそこない道』

完成することのない
できそこない道を
僕は歩いている

進んでいるのか
戻っているのか
それさえわからない

それでもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている

つまずくことばかり
挫けることばかり
たどりつくこともない

どこにもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている






『なきうた』

理由もなく
泣きたくなるのです

二月が終わる頃になると
遥かなる距離を越えて
オレンジの光が
届いたのを知った時

理由もなく
泣きたくなるのです

小さな息吹が
青白い風の中に
溶け込む匂いを知った時

私は生まれるよりも
遥か前のことを
思い出しながら

理由もなく涙を流し
歌わねばならない
という理由において
歌うのです

遠い過去の人である
私の声が
あなたの元へ届く日を
想像したりしながら
























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