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2008-05-21 Wed 13:01
駅前は、まるでテレビのゴールデンタイムのようだ。
通る人も多いけれど、ライバルたちも多かった。 ヒロシは手当たり次第、通りかかる人に手を差し出した。 けれども、ペースは一向に上がらず残り2箱のノルマを抱えていることを思いながら時折俯いてしまうのだった。 まだ4月の間は、人々の手はもっと優しかったような気がする。 「どうぞ!」 必死に笑顔を作っても、次の瞬間笑みを向けた対象は何も見なかったかのようにヒロシのすぐ前を素通りしていき、届くことのなかった言葉と笑顔が行き場を失ったままいつまでもふわふわと浮いているのだ。 そうした小さな失敗を繰り返す度に、辺り一帯に不健康な空気が充満していくのだった。 まるでひとり芝居のようだ。 不意に、そんな気持ちになった。 そうだ。自分は今ひとりで芝居の練習をしているのだ。 発表の場は……、発表の日時は……、 まだ、何も決まっていなかった。 けれども、どうせだからうまくなりたい。 今よりも、少しだけでも。 「一つ、もらおうかね」 白い帽子を被ったお婆さんが近づいてきた。 肩には、猫が静かに乗っている。 ヒロシは、猫とお婆さんにそれぞれ一つずつ手渡した。 自分から来てくれる人ほどありがたいことはなく、少しだけエネルギーが補充されるような気がした。 けれども、やはりいい流れはそう続くことはなかった。 ズー……、ズー……、 少し離れたところで、お婆さんが鼻をかむ音がする。 未だ何でもない 未だ誰でもない だから僕らは集まって 声を合わせて メッセージはありません 何も発しない 何も表さない けれど僕らは集まって 肩を並べて メッセージはありません 言いたいことがなくても 黙ってるわけじゃない 声を大にして メッセージはありません どうしても 言わなきゃならない ことなんかない だから僕らは 叫ぶんだ メッセージはありません 「どうぞ!」 けれども、疲れきったグレーのスーツは下を向いたまま通り過ぎていく。 本当に必要な人は、お金を払ってでも手に入れるのだ。 いくらでも、手に入れるのだ。 そして、少しも必要でない人は、ただであげるといっても見向きもしないのだ。 受け取ってもらうことは、本当に難しい。 全部を配り終えた時にはすっかり日が暮れ、三日月が青白く光って明日の天気を予言していた。 空箱を始末すると、疲れた足を引きずって歩いた。 アーケード通りを抜けて、橋を渡ったところで奇妙な光景が目に入ってきてつい足が止まってしまった。 それは、帽子のお婆さんと猫だった。 ダンボールの切れ端に短い文字が書き付けてあって、それがいくつも路上に並べてあるのだった。 お婆さんに訊くと、それは「猫短歌」というものらしかった。 「一つ10円じゃがね」 お婆さんの歯がきらりと光った。 その横顔は、月も見つめる千両役者のようだった。 「やすっ……」 思わず口に出る。 けれども、ヒロシは笑みを浮かべたまま歩き出した。 詩とか短歌などには、全くといっていいほど興味がなかったのだ。 訴えるように見つめている、 猫に小さく手を振った。 |
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