黒衣の猫
白い帽子の下で、お婆さんの顔はリンゴ飴のように光っていた。真夏の太陽が川面を真っ直ぐ見つめると、その跳ね返りさえ一向に鋭さを失わないままお婆さんの頬を射すのだった。
日が落ちるまでに、洗濯を終わらせなければならない。
けれども、少し小腹が空いてきた。
こんな時、おとぎ話だったらどんぶらこどんぶらこと何か奇妙なものが流れてくるのだし、そこから新しい命だって生まれたりもするのだけれど……。
期待することもなく、川の流れを見つめていると、どんぶらふわり、どんぶらふわり、と友が流れてきた。
「おー、友よ」
猫が、ひと泳ぎ終えて戻ってきたのだ。
ぶるぶると身震いすると、すぐにお婆さんを日よけにして眠り込んでしまった。
お婆さんは、気持ちよさそうに眠る猫の横でゴシゴシ、ザブザブと手強い洗濯物どもと格闘を続けるのだけれど、なかなか勝利の光は見えてこないのだった。
やがて、手を休めると、川の生き物と静かに闘っているおじいさんの元に歩いていった。
お婆さんがやってきた時から、彼は1ミリだって動いていなかった。
「何か釣れますか?」
おじいさんは、ふんと鼻を鳴らした。
「こんな汚い川で釣れるもんかい!」
意外な返事に、お婆さんは会話の糸口を見失った。
こんなにも
集まった山の
汚れはすべて
川の美しさで
洗い流そう
どんぶらこどんぶらこ
汚れた数だけ
生きていたんだ
こんなにも
積もった人の
汚れはすべて
水の素直さで
洗い落とそう
どんぶらこどんぶらこ
汚れた数だけ
生きていたんだ
さあ 清めよ
命の水よ
お婆さんは、山ほどの洗濯物を抱えて家に戻ってきた。
けれども、洗濯物はみんな例外なく真っ黒に染まっていた。
なぜ、あの時気がつかなかったのだろう?
洗えば洗うほど、どんどん汚れていっているという大いなる矛盾に。
きっと真夏の太陽がまぶしすぎたからだ。
お婆さんは、とりあえず自分のせいではなく、自分より遥かに大きなものに責任のバトンを投げかけてみた。
自分ばかりを責めてみても良い結果は得られないということを、経験上よく知っていたし、自分より大きなものなら、それを何事もなかったように受け止めたり、本当に何事もないかのように無視してくれるからだった。
そして、それとは反対に自分より小さいものに対しては……。
小さい、小さい、
小さな猫は、どこだ?
玄関の前で、山ほどあふれかえったポストを見つめながら、猫の不在に気づく。
はっとして洗濯かごを、手放した。
散乱した洗濯物の片隅から、ひそひそと黒い布キレたちがささやきながら集まり、盛り上がり、それはまるで生き物のようにはっきりと自分の意思を持ちながら、踊りだした。腰が抜けるほどお婆さんは驚いたけれど、やがてそれが猫だと気がつくと声を出して笑った。
猫は、洗濯物のベッドの中で良い夢をたくさん見て、もうすぐやってくる夜のように濃く染まってしまったのだ。
少し戸惑ったように、腕をペロペロと舐めはじめている。
その横顔は、夜一面に命を描くアーティストのようだった。
今日も、猫と一緒にお風呂に入らなければならない。
そして、汚れた洗濯物は、すべて洗濯機で洗い流そう。
お婆さんは、腰を屈めて、一つ一つ、
汚れた今日を拾い始める。