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時間旅行

 猫とお婆さんのくつろぎの一時の間に割り込んできたのは、見知らぬ人たちであった。
 何やら熱心に相談している。
「日当たりはなかなかなものですよ」
 白シャツに腕まくりの男は、メガネの奥で眼球を輝かせてた。
「駅からはどれくらいでしょうか?」
 黒Tシャツにモヒカンの男が尋ねた。
「近くには、なんとコンビニがありますよ。
 ローソンの隣にローソン。その前にはローソンがあります」

「ちょっとあんたたち! 人の家に勝手に上がり込んでなんですか!」
 とお婆さんは、うちわで扇ぐ手を止めて、たまらず抗議の声を上げた。
 その時、猫は、本棚の上に上がり高見の見物を始めた。
 けれども、見知らぬ人たちは猫とお婆さんの世界を完全に無視して話をス進めるのであった。

「うさぎの森は近くにありますか?」
 モヒカンは、窓の横の色あせた壁を撫でながら尋ねた。
「地下には核シェルターがあり、屋根裏にはタイムマシンを完備。
 壁に耳あり、その向こうには隠し部屋あり、その向こうには図書館もあり……」
「ちょっとちょっと、お兄さん!」
 お婆さんからすれば、男は確かにお兄さんに匹敵する風貌だったし、もう一方の男などはお兄さんを通り越して、お兄ちゃん、兄ちゃん、あるいは、そこのお若いのと呼べるほどであった。そして、お婆さんは、誰がどう見てもお婆さんらしい。



ちがう人がやってきた
ざわざわと私の中で
何かがさわぐ

あいつは誰だ
私は何だ

ちがう人々の中で
私は私を見つけ出す

ちがう人がやってきて
どんどんと私の中に
入ってくる

あいつは誰だ
私は何だ

ちがう人々の中で
私は私を思い出す

ちがう人が押し寄せて
交わりやがて混じり合う

私は私を見失う




「どうぞ。粗茶ですが」
 お婆さんは、見知らぬ客人二人に、お茶とお煎餅を出すと、よっこらっしょっと座った。
「ちょっと、そちらのお兄さん。
 さっきから聞いていると、どうもあることないこと言われているようですが」
 お婆さんは、礼を尽くして忠告すると、うちわを一振りした。風は、本棚の上でまどろみ猫の元まで届き、その耳を微かに震わせた。けれども、見知らぬ二人に、お婆さんの言葉はまるで届いていないようだった。



土足で踏み込んだ
見知らぬ訪問者たち

それでも私は
心を込めて
おもてなし

届かぬか
届かぬか
そちには

粗茶は




「近くにマクドナルドはありますか?」
モヒカンの問いかけに、猫は小さく首を振った。
「千里向こうに、美術館があります。その向こうに遊園地、その隣に動物園、その隣に遊園地、その隣に動物園、その隣に遊園地、その隣に動物園、その隣に遊園地、そのまた隣に動物園、真隣に遊園地、隣に動物園、隣を見れば遊園地、隣を見れば動物園、その隣には遊園地、時々トトロ、その隣には動物園」

「近くのことを訊いてるの!」
 お婆さんのうちわが、男の頭を叩くと、自動再生のスイッチが切れた。



あなたの隣に
私はいるよ

どこに動いても
どこで遊んでも

あなたの隣に
私はいるよ




 見知らぬ人たちは、お茶にもお煎餅にも手をつけなかった。



誰のものかわからない
宝物を私はひとり
遠くで眺めていた

私は問うこともできず
時間だけが流れた

今でもそれは
あるのだろうか

誰のものかわからない
宝物をいつもいつも
遠くで眺めていた

近寄ることさえできず
時間だけが流れた

今でもそれは
あるのだろうか

誰のものかわからない
宝物が輝いて見えた

本当はそれを
私のものにしたかった




「遅くなりました」
 新たな訪問者が、お婆さんの家にやってきた。
「お届けものです。印鑑を頂けますでしょうか?」
 けれども、お婆さんは真冬の女神像のように固まって動かなかった。
 代わりに、猫が降りてきて手を差し出した。



いちばん大事なものは
いつも誰かが持っていく

夏の扉から
手の届かない
ずっと向こう側へ

歌ううさぎと夢の双眼鏡は
逃げ去ってしまいました

いちばん大事な友達は
いつもどこかへ消えていく

草原の引き出しから
追いつくことのできない
ずっとずっと向こう側へ

踊る小人と手作りの魔法は
逃げ去ってしまいました

はじめの夏
取り戻すことも
できない透明な空で

マミーちゃんと

さよならした




「どうして今頃?」
 お婆さんは、マミーちゃんを抱きしめながら泣いていた。
 届けたい、届けたい、届けたい……
 届けたい、届けたい、届けたい……
 泣きながら、つぶやきながら、天井裏に駆け上がった。猫も後を追った。

「しっかり捕まっておいで!」
 タイムマシンにまたがると、猫にそう言った。



あなたが失ったものたちを
私はずっと忘れない

私はもうひとりの
あなただから

だからもう一度
届けてあげる




 猫とお婆さんが旅立ってしまった後、見知らぬ訪問者たちは、初めてお茶に手をつけた。それからおもむろにお煎餅に手を伸ばした。
 二人は、会話を交わすことなく、穴の空いた天井を見上げていた。その向こうに、巨大な月が見えた。






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テーマ : 詩・唄・詞
ジャンル : 小説・文学

高木

「一番高い木に登りなさい」
扇子を広げながら、先生が言った。
「一番高い木に登った人が、一番偉いです」
高い木を見つけて、登った。
天辺まで登ると、そこは突き抜けた場所だった。
けれども、僕は踊らされていたのだ。

ずっと遠くで、きっとあれは地上の方だろう、猫がささやくようにチャイムが鳴っていた。
次の授業に、僕はきっと間に合わないだろう。
高いというだけで、そこは何もない場所だった。


一期一会

みんなが阿呆に見えた。
突然立ち止まり、空を見上げる人。
空に呼び止められたように、振り返る人。
白い雲にすっぽりと覆われた地上のものは、みんなが阿呆に見えた。

「ちょうど今くらいの時間だよ」
少年は、立ち止まって言った。
「私は、もう見られないのよ。
今日、見ておかなければ」
お婆さんは、浮かない顔で少年を見た。
使い終わったサランラップの筒の先に小さく穴を開けた銀紙を輪ゴムで止めたものを、お婆さんは右手に握り締めていた。
「40年前に、一度見たのよ。
でも、その時にはこんなものはなかったの。
その頃には、何も知らなかったの」
偶然その場にいたというだけの少年と、お婆さんは奇跡が現れるはずの空を見上げた。
けれども、そこにあるのはただ白いというだけの雲、あるいは空にすぎなかった。

「どっちの方かな?」
お婆さんは、あっちだよと白い彼方を指差した。
雨天中止。
雲が流れていくように、かなしい言葉が、少年の脳裏をよぎった。



大きな空の下で
私たちは小さく
二人だった

一度だけ触れた
微笑みの記憶を
微かな手掛かりに

やっぱりあなたは
帰ってきたの

いつまでも白いまま
私たちはぼんやりと
二人だった

あったかもしれない
微笑みの欠片を
微かに頼って

やっぱり私は
待っていたの

落ちてきそうな空の下
私たちは小さく
二人だった

一度きりの雲と
私たちは小さく
二人だった




その時、突然二人の頭上で雲が割れ始めたのだった。
それは、お婆さんが指差した方角とはまるで違っていた。
けれども、二人はほぼ同時に声を上げた。
雲の切れ目から、それは遠い約束を思い出したようにやってきて、その光は小さく頼りないものではあったけれど、地上で待ちわびるものに対して、その存在を照らし示していた。そして、そのかたまりの一部は、一人分のケーキをカットしたように見事に欠けていたのだった。

「お婆さん、それを」
少年は、お婆さんの右手にあるそれを使うように促したが、お婆さんはそれを聞き入れなかった。
「ああ…… みれてよかった」
とても幸せそうに、お婆さんは微笑み、小さなため息さえ漏らしたようだった。
少年は、お婆さんの右手からそれを奪い取ろうと手を伸ばしたが、すっかり満足しきったお婆さんが手を引っ込めてしまったため、ついにそれは叶わなかった。
そうしている間に、時は早くも空を白く塗り戻してしまった。

「よかったね」
何よりもお婆さんの一日に対して、少年は言った。
お婆さんと別れた後、少年の歩く空は限りなく果てしなく白く、そのせいで少年はほんの少し前に起きた出来事が全部幻だったような気がした。


猫は、空から落ちてきたケーキを食い尽くした後で、空を見上げていた。

その横顔は、空にアンコールを繰り返す熱狂的な地上人のようだった。

いつになく背筋が伸びた猫だった。



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junsora(望光憂輔)

Author:junsora(望光憂輔)

おかしな比喩を探し求める内に
いつしか詩を書きはじめました
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旅の途中の紙くずたち
今日も散らばって行こう
いつも破り捨てられても

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「喜多さん、いいとこばっかじゃねえか」

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『ウィキペディア』












































 

「行き先のないバスに乗って
 あてのない旅をしています」

「僕たちは心の旅をまだ
 始めたばかりなんです」



「この場所は自由な場所。
 本当に自由すぎる」
「でもまだ足りないんです」





「春の足音を、
 しばらく前に、聞きました。
 私はもうとけてゆきます」
「大いなる誤解が
 とけていく速度で…」






『落書き』

偶然たどり着いたこの場所
あなたは何を探していたのです

求めるものと目の前にあるもの
それはどれほど違っていても
みかんの色は変わるのです

あなたという存在が
あなたを囲む海や人や森が
歌い励まし騙し傷つける頃
空想の世界の中で
生まれ変わるならば
いつかそれは
求めるものと同じであったか
近づいていくこともあるのでしょう

偶然目に触れた落書きに
こんなことが書いてあるとは
思わなかったでしょう
だからそれを望んで
これを書いたのです

少し時間を
無駄にさせてしまったね






『空白の壁ときみ』

壁が空いているから
ここを詩で埋めようかな

何も書くことはないけれど
何もない時だって
詩を書いていいんだよ

何もなくても
聴きたいときがある
きみの声を

点滅するバスは
行き先を決めかねているけど
もう詩は出発したよ

年中融けない雪だるまが
上で見てるんだ
これでまた融けにくくなった

壁が空いているから
サンドイッチのない詩を
猫に内緒で書いてる

見つかると嫉妬するからね

寝静まった頃静かに書いて
きみもやっぱり静かに読む

見知らぬきみ
またここで落ち合おう

きみの空いてる時間にね






『そんな横顔』

獣のような 大声で
どこかで 叫んだケダモノ
気高さを保ったまま
毛玉を嫌う ケダモノ
そんな生き物が いるのだろうか

僕らは 
不思議な生き物を見るような目で
不思議な生き物を眺めるんだ

1000年前から生きてるみたいに
落ち着いて 慌てない
何でも知ってるような
そんな横顔で
質問には 答えることもない

それでも 僕らは
昨日生まれた ばかりのような
そんな横顔 してたんだから
不思議な生き物 眺めるような
そんな横顔 してたんだから






『片隅』

ノートの片隅に
詩を書いている
誰に見せる
あてもない

頭の片隅に
詩を留めている
未だ現れる
気配はない

カフェの片隅で
詩を書いている
誰に会う
約束もない

世界の片隅で
詩と向き合っている
そうしていると
寂しくもない






『できそこない道』

完成することのない
できそこない道を
僕は歩いている

進んでいるのか
戻っているのか
それさえわからない

それでもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている

つまずくことばかり
挫けることばかり
たどりつくこともない

どこにもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている






『なきうた』

理由もなく
泣きたくなるのです

二月が終わる頃になると
遥かなる距離を越えて
オレンジの光が
届いたのを知った時

理由もなく
泣きたくなるのです

小さな息吹が
青白い風の中に
溶け込む匂いを知った時

私は生まれるよりも
遥か前のことを
思い出しながら

理由もなく涙を流し
歌わねばならない
という理由において
歌うのです

遠い過去の人である
私の声が
あなたの元へ届く日を
想像したりしながら
























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