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サクラ

 女の子が空を見上げているのは、空が晴れているからではなかった。
 もしも晴れていなければこんなことにもならなかったのだ。
 けれども、春が瞬時に凍りついたようにじっと空を見上げていたのだった。

 犬の鳴き声がしたのである。
 その時、つい手を離してしまったのだ。
 彼女はすぐに手を伸ばした。けれども、手から離れたそれはすぐに女の子の背丈の何倍もの高さに離れてしまった。あまりに速く、あまりに自由に空を求めてそれは離れていくかにみえたそれは、けれども突然大地に近い領域にとどまったのである。
 犬は天を仰ぎながら吠え立てた。女の子は声の出し方を忘れ、犬の鳴き声も聞こえないほどだった。
 それはなぜ、そこにとどまったのだろう。自分を置いてどこまでも逃げて行くはずだったそれは、なぜこんなに近くそれでいて手の届かないところにとどまってしまったのだろう。強い風が、彼女の前髪を、彼女が見上げる木の枝々と花びらを揺らした。

 木は、それから何年もの間そこにいた。空を見上げ、大地を見下ろし動かない証人のようにそこに立っていた。いくつもの季節が、木の中を通り過ぎ、その周辺を人々は歩いて行った。とりわけ春ともなると、人々は喜んで木を囲い集まったものだった。それから風が落葉を散らすように、人々は消えてしまうのだった。

 女の子が空を見上げているのは、空が晴れているからではなかった。
 彼女は今にも降り出しそうな様子で、見上げていたのだ。

 サクラの木にとまった風船をただ見つめていた。
 それから、女の子はお婆さんになったのだった。



サクラが咲く頃
私の扉は
閉ざされた

真っ白い靴も
春色に輝く文房具も
すべて色を失った

なぜなのなぜなの
見上げて問いかける

あなたは何も答えなかった


サクラが咲く頃
私の未来は
変わってしまった

お気に入りの怪獣も
小さな友達もみんな
遠くへ行ってしまった

なぜだいなぜだい
あなたも困惑している

私は問いかけるのをやめた


サクラが舞うより
早く私たちは
散り散りになった

遠く離れた場所で
私は生まれ変わった

閉ざされた空間には
未知の敵と恐怖が潜む
今までにない孤独の中で
自尊心だけを守る

私は私の物語をつくって
ひとりつくってつくって

時々思い出す

私たちはなぜ
離れなければ
ならなかっただろう

それから私はずっと
遠くをみているようになった


サクラが咲く頃に
あなたは私を
離れていった

サクラが舞う頃に
私はひとりで
風を聴いていた


サクラが帰って来る度に
私はあの季節を思い出す

おかえりおかえり

サクラを見上げ
ふっと笑い出す

さよならさよなら

理由なんてなかったよね

さよならまたね

サクラが咲く頃

いちばんあったかい




 「そっちへ行くと危ないよ」

 けれども、男の子は忠告を聞かずにサクラの木の方へ突進して行った。
 彼は、空しか見ていなかったからだった。
 ああ、だから言ったでしょうに……。
 男の子の操るタコは、お婆さんの予言した通り見事サクラの木の枝に引っかかってしまった。タコが空を見失った瞬間、男の子は時間の糸を大急ぎで元に戻そうと引っ張ったけれど、急いだからといってどうなるものでもないのだった。

 猫とお婆さんは、広げたレジャーシートの上で仲睦まじく飲んだくれているのであった。
 ああなっては、もうだめだねえ……。
 猫は、ひっくり返って空を見上げた。サクラの木に途中降下した飛行機が見えた。

 けれども、男の子は決してあきらめなかったのだ。サクラにつながる糸を引き、緩め、ぐるぐるとし、こそこそと語りかけ、時に強硬に時に柔らかく救出活動を続けているのだった。手元に糸があるばかりに、男の子はその先にある希望を見失うことも手放すこともできないのだった。
 お婆さんは、やや憐れみに似た表情を浮かべ少年の仕草を見つめていた。その顔色はサクラ色だった。
 日が暮れる……。
 けれども、猫がくるりと回り立ち上がった。

 その横顔は、長い時間を蓄えた風船のように膨らんでみえた。

 猫は、ゆっくりとその大きな木に歩み寄った。
 木の真下までくると、一瞬振り返り、その瞳で少年に秘密の暗号を送った。
 少年は、タコの運命を猫に託して、地面に寝転がった。
 風が、木々を揺らす。猫の頬もすっかりサクラ色に染まっていた。




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人間の言葉

「ばばあー、早くしろよー」
振り返ると、人間の皮を被った人間が立っていた。
そして、それは熊の皮を被った熊よりも遥かに恐ろしい。
下手に言葉をしゃべるだけに、それはなおさら恐ろしい。
お婆さんは、小銭を数えている。
一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚……

「ばばあー、もたもたすんじゃねえよ!」
再び、後ろで声がしたが、今度は振り返らなかった。
振り返らなくても声は、届く。届いてなど欲しくないのに、届く。
それは人間の声だ。人間は誰であれ人間の言葉を聞くようにできている。
人間は、人間の言葉から逃げることはできないのだった。
けれども、猫は違う。猫は、聞きたい人の声だけを聞きたい時にだけ聞くだけだ。
お婆さんは、人間の口を塞いでしまいたいのをがまんして、小銭を数え始めた。
一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚……
早くしろと言われれば、余計に遅くなる。それは、そういうことになっているのだ。

「740円のお返しになります」
お婆さんの手の中から、10円玉がするりと滑り落ちて転がっていった。
猫が、人の間を掻き分けて追いかけていく。
「待てーっ!」 猫は、叫んだ。
けれども、10円玉には猫の言葉はわからなかった。
雑誌コーナーの下に潜り込んで、それっきり見えなくなった。
お婆さん、ごめんなさい。ダメでした。
いいんだよ。ありがとう。



死んでも
あんな奴に
負けない

たった一人のせいで
時々私は
進めなくなるけど

猫の瞳の奥に
よみがえってくる
記憶

いつだったか
名前も
知らない人が

優しく道を
教えてくれた

そんなことで

だから私は

死んだって
負けない
あんなことで

たった一人のせいで
時々世界は
暗くなってしまうけど

猫の瞳の奥に
よみがえってくる
記憶

いつだったか
名前も
知らない私に

旅人は道を
訊いてくれた

そんなことで

だから私は




店の前には、つながれた犬が、主を待ちわびて鳴いている。
あるいは、怒っているのかもしれない。
ゴミ箱は、それぞれ燃える種類や燃えない種類などに分類されていて、その下では帽子を被った男がしゃがみ込んで蟻と話し込んでいた。うんうん、そうなの、そうなのかい、大変だねえ。
けれども、お婆さんには、もし蟻がしゃべっているのだとしても、蟻の言葉は聞こえなかった。

「天国町はどっちですか?」
しばらく歩いていると、男の子が道を訊いてきた。
「ずーっと真っ直ぐいきなさい」
「ん? えっと、どっち?」
「思った通りをいきなさい」
男の子は、少し戸惑った様子で、来た道を振り返りこれから進むかもしれない道を、見つめた。

その横顔は、天井裏から水色の世界を見下ろしている猫のようだった。

「それから目立たない良いことを、たくさんしなさい」
何のことだろうか……。
猫は、お婆さんの肩の上で、頭をひねった。
時々、お婆さんの言うことがわからなくて、猫は頭をひねるのだった。
無事に、たどり着くといいな……。
真っ直ぐに歩いて行く少年を、しばしの間、見つめる。



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junsora(望光憂輔)

Author:junsora(望光憂輔)

おかしな比喩を探し求める内に
いつしか詩を書きはじめました
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旅の途中の紙くずたち
今日も散らばって行こう
いつも破り捨てられても

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「喜多さん、いいとこばっかじゃねえか」

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『ウィキペディア』












































 

「行き先のないバスに乗って
 あてのない旅をしています」

「僕たちは心の旅をまだ
 始めたばかりなんです」



「この場所は自由な場所。
 本当に自由すぎる」
「でもまだ足りないんです」





「春の足音を、
 しばらく前に、聞きました。
 私はもうとけてゆきます」
「大いなる誤解が
 とけていく速度で…」






『落書き』

偶然たどり着いたこの場所
あなたは何を探していたのです

求めるものと目の前にあるもの
それはどれほど違っていても
みかんの色は変わるのです

あなたという存在が
あなたを囲む海や人や森が
歌い励まし騙し傷つける頃
空想の世界の中で
生まれ変わるならば
いつかそれは
求めるものと同じであったか
近づいていくこともあるのでしょう

偶然目に触れた落書きに
こんなことが書いてあるとは
思わなかったでしょう
だからそれを望んで
これを書いたのです

少し時間を
無駄にさせてしまったね






『空白の壁ときみ』

壁が空いているから
ここを詩で埋めようかな

何も書くことはないけれど
何もない時だって
詩を書いていいんだよ

何もなくても
聴きたいときがある
きみの声を

点滅するバスは
行き先を決めかねているけど
もう詩は出発したよ

年中融けない雪だるまが
上で見てるんだ
これでまた融けにくくなった

壁が空いているから
サンドイッチのない詩を
猫に内緒で書いてる

見つかると嫉妬するからね

寝静まった頃静かに書いて
きみもやっぱり静かに読む

見知らぬきみ
またここで落ち合おう

きみの空いてる時間にね






『そんな横顔』

獣のような 大声で
どこかで 叫んだケダモノ
気高さを保ったまま
毛玉を嫌う ケダモノ
そんな生き物が いるのだろうか

僕らは 
不思議な生き物を見るような目で
不思議な生き物を眺めるんだ

1000年前から生きてるみたいに
落ち着いて 慌てない
何でも知ってるような
そんな横顔で
質問には 答えることもない

それでも 僕らは
昨日生まれた ばかりのような
そんな横顔 してたんだから
不思議な生き物 眺めるような
そんな横顔 してたんだから






『片隅』

ノートの片隅に
詩を書いている
誰に見せる
あてもない

頭の片隅に
詩を留めている
未だ現れる
気配はない

カフェの片隅で
詩を書いている
誰に会う
約束もない

世界の片隅で
詩と向き合っている
そうしていると
寂しくもない






『できそこない道』

完成することのない
できそこない道を
僕は歩いている

進んでいるのか
戻っているのか
それさえわからない

それでもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている

つまずくことばかり
挫けることばかり
たどりつくこともない

どこにもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている






『なきうた』

理由もなく
泣きたくなるのです

二月が終わる頃になると
遥かなる距離を越えて
オレンジの光が
届いたのを知った時

理由もなく
泣きたくなるのです

小さな息吹が
青白い風の中に
溶け込む匂いを知った時

私は生まれるよりも
遥か前のことを
思い出しながら

理由もなく涙を流し
歌わねばならない
という理由において
歌うのです

遠い過去の人である
私の声が
あなたの元へ届く日を
想像したりしながら
























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