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さよなら、ちゃんこ

どうしてこんなに寒いのかと考えると、それは冬だからだ。
冬が寒いことが、良いことなのか悪いことなのか普通のことなのか、お婆さんにはよくわからないことだった。長く生きていて未だにわからないのだから、きっと最後までわからないのかもしれない。最後とは……。冬の最後とは、どのような形で訪れるのだろう? お婆さんは、時々このようなことを考える。考えるとお腹が空く。とりわけ寒い季節などは、温かいものが食べたくなる。

「御免ください」
お婆さんは、早速ちゃんこでも食べようかと思いつき、ちゃんこ鍋の店に入った。
やはり、寒い時には鍋が最も温まる食べ物であったし、鍋の中に入れることで色々なものが食べられるため、味は勿論のこと栄養のバランスについても申し分ないことこの上ないとお婆さんは日々考えているのであった。

「それでは、ここにはちゃんこはないと?」
店の人は、誠に申し訳ないといった顔で、首を振っている。
ちゃんこはおろか、他のいかなる鍋も、それどころかそこには食べ物一切がなかったのである。
なぜなら、そこは自転車屋さんだったからである。
お婆さんは、がっくりと肩を落としながら、自転車を購入した。
お婆さんは、空腹を満たす代わりに自転車を手に入れた。人生は、どこでどうなるかわからない。ふと、そのようなことを考える。
自転車を押しながら、店を後にした。
前のカゴには、猫が納まっていた。



さよなら 幻の冬

私が目にしたのものは
私が目にしたいものだった

だから私は去ってゆく

本当はちがう風景を
眺めながら

私は去ってゆく


さよなら 幻のキミ

私が訪れた場所は
私が訪れたい場所だった

だから私は逃げてゆく

本当はちがう風景を
想いながら

私は逃げてゆく


さよなら 幻の時

私が手にしたものは
私が手にしたいものだった

だから私は振り返る

本当は違うぬくもりを
夢見ながら

私は振り返る



本当はぜんぶが ちがっていた

私が見たかったもの 触れたかったもの

私が逢いたかったのは



さよなら 幻の冬

私が目にしたものは
私が目にしたいものだった

だけど私は倒れない

ほんの少しは

よろめくけれど




大通りは、帰宅を急ぐ人々で溢れていた。
家に帰れば、きっと温かいものが待っているのだろう。そうだ、それはちゃんこ鍋かもしれない。
鍋から沸き立つ湯気が、視界を塞ぎ、お婆さんは一瞬よろけそうになるが、なんとか心身の姿勢を立て直した。実際それは、猫の吐き出した白い息に過ぎなかった。
お婆さんは、猫を乗せた自転車を押しながら夜を歩いた。
交差点に差し掛かると、人々が皆、鍋の中の野菜の色が変わるのを静かに待っていた。

「もういいでしょう」
誰かの合図で、人々が鍋をつつきながら思い思いの方向へ渡り始めた。鍋をつつく人々は、皆にぎやかだった。
鍋の交わりの後で、人々の声は漆黒の夜の中に溶け込んでいき、やがて人足も疎らになった。
表通りを逸れたところで、ついにお婆さんはサドルにまたがった。発進の瞬間こそ少し不安定だったけれど、お婆さんは逞しく自転車をこいだ。
急速に変わってゆく街の風景に、猫は目を見開いた。

その横顔は、温かい鍋の中で震える豆腐のように白かった。

猫は知った。視点が変われば、世界も大きく変わってゆくことを。
そして、お婆さんの中にある底知れぬ力を……。





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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

月と猫と冷蔵庫

締切りに追われて、ペンは走った。
膨らんだお婆さんの指の中で、黒い逃亡者は爪先からあらゆる狂気を滲ませながら疾走して、お婆さんの手を腕を心を引っ張っていく。小さな窓の遥か向こうで、艶やかな月が角のない視線を原稿の上に送っていた。
優しい光に吸い込まれるように窓辺に移った猫は、部屋の中に目まぐるしく影模様を創り出したけれど、お婆さんはまるで月も猫も存在していないかのように前を向いたままだった。
ペンは走った。ゴールを目指しひたすら走り、そしてとうとう空っぽになった。
お婆さんの指がいくら動いても、白い。猫の背を、猫の尾を、猫の横顔を黒く塗ることはできない。

「また、終わった」

お婆さんは、空洞のロケットを握り締めて窓から打ち上げた。
猫の見る限り、ロケットは曇りなく飛んで月に命中し、そして世界は真っ暗になった。

「おやすみ」



みんなが眠ったあと
夜の静寂を突如破る
歌がある

僕はあと一週間
私はあと数日
我はあと千年

冷たい場所より
漏れるささやき

夢に架かる再会の橋
たどり着くより早く
歌は届く

僕はあと半日
私はあと三日
我はあと十億年

白い扉の向こうより
搾り出る嘆き

空が海に還ったあとにも
止まない雨のように
歌は続く


嗚呼 どうしてか
こんなにも時間のない
ものばかりを
抱えたのは


僕はあと一日

私は




「おやすみ」
そう言って、まだ間もない頃に、お婆さんはベッドを捨てた。
真っ暗な世界に、白い猫を残したまま、お婆さんは家を出て行ってしまった。
猫は、追わなかった。
抱え切れなくなった時には、それが真新しい春でも、終焉に向かっていく秋でも、終わりの見えない夏でも、あるいは月の見えなくなった夜にだって、人は逃げていくものだ。ひとり水平線を駆けて行く猫と同じように……。
追えない、けれど、待っている。
猫は、寂しさのオーケストラが閉じ込められた白く冷たい箱に、頬をすり寄せた。

その横顔は、幽霊船の上で人魚の鼓動を確かめる冬の漁師のようだった。

小さな扉がひとりでに開くと、猫は瞬間後ずさりした。
冷蔵庫の中から、宇宙があふれ出てきて、宇宙の明るさのせいで家中が明るくなった。
月が、一歩前に出て、ノラ・ジョーンズを歌い始める。
猫は、うっとりと目を細めながら両手をすり合わせた。
嗚呼、とても、とてもまぶしい。






テーマ : 詩・唄・詞
ジャンル : 小説・文学

素敵な一日

今日は、猫と一緒に丘に登りました。
今日は、とても良いお天気の一日でした。
丘の上では、紅葉がにっこりと笑いあったり、しっとりと相談しあったりしていました。
丘の上で、ゆっくりとしていると、今日は太陽もとてもゆっくりとしていました。
丘の上からもうちょっと丘の上の方へ行くと、丘の上で釣り人と出会いました。
「何か釣れますか」と尋ねると、釣り人は、「何も釣れません」と答えました。
「今日は調子が悪いですか」と尋ねると、釣り人は、「今日は特に悪いです」と言いました。
釣り人のバケツの中は空っぽで、猫は、顔を近づけておいしそうに水を飲みました。
「今日は、天気は良いのにねえ」と言って、釣り人は照れながら笑いました。
それから、もう少し丘の上に登りゆっくりしました。
持ってきたお菓子を、猫と一緒に食べました。
お菓子を食べると、こりこり、ほりほり、とお菓子が弾ける良い音がしました。
それから、どこからともなくキノコご飯が炊き上がったので、猫と一緒に食べました。
それから、満腹になったので、ゆっくりと昼寝をしました。
それから、もう十分にゆっくりした頃、猫と一緒にもっと丘の上に登りました。
一番丘の上まで登ると、エレベーターがあったので、猫と一緒に丘の下まで降りました。
今日は、とても猫と一緒でした。



何もないよ
否定の王様が言う

ここでは何も
寂しくもなく
恋しくもない

否定の王様
打消しの銃を
乱れ撃ち

ひとつふたつの出会いを
なかったことにしてしまう

始まりもおしまいも
何も何も
意味なんて
ない

幻でしか
ない

何もないよ
否定の王様が言う

ここには誰の
声もなく
笑みもない

否定の王様
打消しの銃を
乱れ撃ち

ひとつふたつの喜びも
なかったことにしてしまう

これまでもこれからも
何も何も
希望なんて
ない

幻でさえ
ない

否定の王様
打消しの銃を
乱れ撃ち

すべてを打消してしまう

何も何も何も
何もないよ

私でさえ




束の間の眠りから覚めた猫が、下りてきてマウスに噛み付く。電子頭脳につながれたマウスは、逃げる場所も術もなく、猫の小さな気まぐれに捕まってしまう。カリカリと爪を立てると削除ボタンが選択される。
「本当に削除しますか?」
はい。猫が静かに返事をすると、お婆さんの日記は跡形もなく消えてしまった。
何事もなかったように、猫は床上に着地し、お婆さんの方を振り返った。

その横顔は、秋空に走る一本の打ち消し線のように真っ白だった。

「よくあることさ」
お婆さんは、強気に言い放った。
特に誰が見るというわけでもないしね。
それに、あってないようなことばかりだったし……。
一日を顧みるようにして、猫の瞳を覗き込む。
瞳の奥では、赤々とした秋の中で釣り人の糸が垂れていて、その先にはカラフルなお菓子たちが優しい風に舞っている。心地良い風は、時折情熱的な子守唄となって眠りを誘う。むにゃむにゃ。
ジリリリリン…… ジリリリリン……
お婆さん、電話ですよ。お婆さんを呼ぶ、猫の声が聞こえる。

埃を被った受話器を、お婆さんは久しぶりに取った。
「もしもし。」

「あっ、間違えました」

……。




テーマ : ショート・ストーリー
ジャンル : 小説・文学

空っぽシンフォニー

フタを開けると、空っぽだった。
3分の間、お婆さんはここを動かなかったし、じっと楽しみに待っていたのだ。
3分後にできあがるおいしいヌードルを想像して、わくわくと待っていたのである。
それが、その結果がこうだった。

「3分も待ったのに……」
お婆さんの口から、無念さが零れ落ちる。
沸々としたお湯を注いだのは、今から3分ほど昔のことであった。
お婆さんは、時々昔のことを振り返り、あれは本当にあったことだろうか、物語の中で体験したお話だったろうか、あるいは自分の空想が創り出した出来事であっただろうか、と首をひねったり、微笑んでみたりすることがあった。そしてほとんどの場合、本当のところはわからことが多かった。わからないから過去なのだし、わからないほど過去なのだし、また、わからないから微笑んでもいられるのであった。猫と一緒に落ち葉の中で踊りながらバスを待ったこと、メラメラと燃えさかる人形から走って逃げたこと、クルクルと回る傘の上で猫が踊っていたこと、その遥か上には8色の虹が架かっていたこと、なんてあれやこれや……。
けれども、たった3分前のことを振り返りながら、これほどの疑いを抱いたことはない。

「どうしてくれるの……」
お婆さんの口から、どうしようもないつぶやきが漏れ落ちる。
落ちて、空っぽの器の中で反響している。
お婆さんは、元々空っぽの容器に、胸いっぱいの期待を注いだのだろうか?
猫は、ソファーの上で踊っていた。落葉が踊るように、枯れた踊りだった。



最初の最初
みんなみんな
空っぽだったのに

思い出すのは
満ち満ちた
時ばかり

幻であったなら
どうしていつまでも
離れないのか

歩き始めた私は
ふわふわとした
空っぽだったのに

近寄ってきたのは
厄介な厄介な
重みばかり

幻であるのなら
どうして幾重にも
重なり続けるのか

海のゲートの向こう
白い猫が手招いている

けれど記憶の色が
私の足を遠ざける

進めない もう

戻れない

空っぽの私




踊りつかれた猫が、ふらふらと近づいてきた。
何かちょうだい……。
「欲しいのは、あたしの方だ」
何でもいいからちょうだい……。
お婆さんは、猫のおねだりに負けて海の缶詰を開けた。
威勢よく開けると、中は空っぽだった。
猫は、空っぽとお婆さんに交互に視線を移す。しばらくの間、繰り返し繰り返し移していたが、やがて疑問の照準はお婆さんの前髪一本に絞られた。
お婆さん……。
何かちょうだいと言ったのに、何もないのはどうして?

その横顔は、遥か火星の海の上で新しい波を待っているサーファーのようだった。

お婆さんは、次々と缶詰を開けたが、いずれも結果は同じであり、最初のうち、猫は期待を込めて近づいていたけれど、そのうち一歩離れた場所から眺めているようになった。やがて家の中は、空っぽの海が奏でる静寂のシンフォニーに包まれていた。
その中で、猫はミューと鳴いた。
「空っぽになったら、なけばいいんだね」
猫と一緒に、お婆さんも泣きはじめた。
しばらくの間、競い合うようにないていた。








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junsora(望光憂輔)

Author:junsora(望光憂輔)

おかしな比喩を探し求める内に
いつしか詩を書きはじめました
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今日も散らばって行こう
いつも破り捨てられても

猫と婆とそんな横顔はリンクフリー
「喜多さん、いいとこばっかじゃねえか」

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『ウィキペディア』












































 

「行き先のないバスに乗って
 あてのない旅をしています」

「僕たちは心の旅をまだ
 始めたばかりなんです」



「この場所は自由な場所。
 本当に自由すぎる」
「でもまだ足りないんです」





「春の足音を、
 しばらく前に、聞きました。
 私はもうとけてゆきます」
「大いなる誤解が
 とけていく速度で…」






『落書き』

偶然たどり着いたこの場所
あなたは何を探していたのです

求めるものと目の前にあるもの
それはどれほど違っていても
みかんの色は変わるのです

あなたという存在が
あなたを囲む海や人や森が
歌い励まし騙し傷つける頃
空想の世界の中で
生まれ変わるならば
いつかそれは
求めるものと同じであったか
近づいていくこともあるのでしょう

偶然目に触れた落書きに
こんなことが書いてあるとは
思わなかったでしょう
だからそれを望んで
これを書いたのです

少し時間を
無駄にさせてしまったね






『空白の壁ときみ』

壁が空いているから
ここを詩で埋めようかな

何も書くことはないけれど
何もない時だって
詩を書いていいんだよ

何もなくても
聴きたいときがある
きみの声を

点滅するバスは
行き先を決めかねているけど
もう詩は出発したよ

年中融けない雪だるまが
上で見てるんだ
これでまた融けにくくなった

壁が空いているから
サンドイッチのない詩を
猫に内緒で書いてる

見つかると嫉妬するからね

寝静まった頃静かに書いて
きみもやっぱり静かに読む

見知らぬきみ
またここで落ち合おう

きみの空いてる時間にね






『そんな横顔』

獣のような 大声で
どこかで 叫んだケダモノ
気高さを保ったまま
毛玉を嫌う ケダモノ
そんな生き物が いるのだろうか

僕らは 
不思議な生き物を見るような目で
不思議な生き物を眺めるんだ

1000年前から生きてるみたいに
落ち着いて 慌てない
何でも知ってるような
そんな横顔で
質問には 答えることもない

それでも 僕らは
昨日生まれた ばかりのような
そんな横顔 してたんだから
不思議な生き物 眺めるような
そんな横顔 してたんだから






『片隅』

ノートの片隅に
詩を書いている
誰に見せる
あてもない

頭の片隅に
詩を留めている
未だ現れる
気配はない

カフェの片隅で
詩を書いている
誰に会う
約束もない

世界の片隅で
詩と向き合っている
そうしていると
寂しくもない






『できそこない道』

完成することのない
できそこない道を
僕は歩いている

進んでいるのか
戻っているのか
それさえわからない

それでもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている

つまずくことばかり
挫けることばかり
たどりつくこともない

どこにもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている






『なきうた』

理由もなく
泣きたくなるのです

二月が終わる頃になると
遥かなる距離を越えて
オレンジの光が
届いたのを知った時

理由もなく
泣きたくなるのです

小さな息吹が
青白い風の中に
溶け込む匂いを知った時

私は生まれるよりも
遥か前のことを
思い出しながら

理由もなく涙を流し
歌わねばならない
という理由において
歌うのです

遠い過去の人である
私の声が
あなたの元へ届く日を
想像したりしながら
























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