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2008-08-24 Sun 14:36
先生、さようなら。
みなさん、さようなら。 新学期に、元気な顔で。 * 「ねえ、いちいち風車のってつけるのもうやめない?」 「なんでだよ、風車のノッチ。ちゃんと回れよ」 風車のヤシキは言った。 「いいじゃないか。誰も見てないんだから」 「ばかやろー。結構風吹いてるだろ」 クルクル回りながら風車のヤシキは、少し切れた。 * 虫を追いかけて走った。 手に手に虫取り網を持って、走った。 トマト畑では、所々に取り付けられた小さな風車が風を受けて回っている。 「おい、そっちに飛んでいったぞ、リュウちゃん」 「よし、まかせろ!」 突風が吹く。その風に乗って、虫は一気に加速していく。 * 「風に救われたな、あの虫は」 「そんなことより、ちゃんと回れよ」 「なんでだよ、風車のヤシキ。誰もいないだろ」 「あそこに帽子の女がいるだろ。見てるだろう、こっちを」 「見てるけど、見てないよ」 「何言ってんだ、風車のノッチ」 「見ててもトマトだよ」 * 猫について歩いた。 虫かごの中で、バサバサと羽音がする。 「猫は、ゆっくりだな」 「疲れてるのかな?」 「コウちゃん、お腹すかない?」 風の強い日だった。 * 「僕もうダメだよ、風車のヤシキ」 「さぼってるからだぞ!」 「助けてくれ! 風車のヤシキ」 「自分で頑張れ!」 「もう、ダメだよー!」 風車のノッチは、風に乗って飛んでいった。 その横顔は、未知なる自由に怯える風車のようであった。 * 猫について歩くと、たこ焼き屋さんにたどり着いた。 「ばあちゃん、たこ焼き」 「ほい、ほい」 「今日はセミしかとれなかった」 「ほー、ほー」 * 「やっぱり、本物の花火はすごいね」 「本物は、いいね」 何度も何度も、惜しみなく打ち上がる。 打ち上がる度に、わかっているのに歓声が起こる。 まるで伝統的なお芝居みたいに。 「これで最後かな?」 しばらくの沈黙。空に北斗七星。 本日の花火はすべて終了となりました。 * 闇が寂しくて どうしようもなく 吸い寄せられるように 光に近づいた 光の正体は 眩しすぎて 見えなかったのに 危険を薄々知りながら どうしようもなく 恋焦がれるように 光に近づいた ただ闇が寂しくて どうしようもなく 憧れるように 光に近づいた 暗がりの中に ひとり きみが光ってみえる 「さっきから、ずっと同じ場所を回っているよね」 はっとして、我に返ると夏休みは遥か彼方へ過ぎ去っていた。 いつもいつも、そうだった。 もらった日にはたくさんたくさんあるように、感じたのに。それは簡単に終わったりしない長さだった。 いつの間にかそれは、尽きてきて、最後の3日くらいになるともう泣きそうで。後悔でいっぱいになる。まだ、たっぷりと残されていた時間になぜもっと精一杯楽しめなかったのか、ゆったりとできた時になぜもっと精一杯のんびりとできなかったのか……。神様どうかもう一度、ふりだしに戻してください。そしたら今度は、ちゃんとしますから。もう一度、今度はちゃんとしますから。 自由にすぎた時間を持て余した後に、残されたのは手付かずの宿題と空っぽの自由研究だった。 「虫の命は、人間よりもずーっと長いんだよ」 ばあちゃんの言うことは、何気なくて、それでいて謎がいっぱい詰まっていた。 あの時、赤とんぼの目には、追いすがる虫取り網の動きはどんな速さに映っていたのだろうか? 「人間は、少しだけ大きいだけなんだよ」 ばあちゃん、少しって難しいね。まだよくわからないよ。 リュウちゃんは、まだ虫を追いかけているだろうか? そんなはずはない。そんなはずはなかった。 きっと、それより少しだけ違った何かを追いかけている。何だろう……。 夏の夜空に描かれる無数のアートを見上げながら、もっと遠いものを、僕は見ていた。 ぷーっと息を吹くと、クルクルと青い風車が回った。 |
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2008-08-18 Mon 12:41
「ナナちゃん、うしろきてるよー」
「ナナちゃん、はしっこだよー はしっこはしってねー」 ナナちゃんの自転車は、これ以上ないほとはしっこに寄っていた。 「ナナちゃん、はしっこねー」 母の声は厳しく、温かかった。 * 遥か高い木の上から、歌は続いていた。 それは心地良いピアノの音色や、しとしとという雨音とは違ったうるさい歌だった。 「おまえ、おまえ、おまえ、おまえ、なんか、なんか、なんか、なんか 寝てばっかり、寝てばっかり、寝てばっかり、寝てばっかり」 猫の耳に、繰り返し届けられるフレーズ。少しひっかかるフレーズ。 少しひっかかり始めると、次第にどうしようもなくひっかかってくる。 木に登って文句の一つも言ってやろうかと考えながら、ふとお婆さんを見ると、お婆さんはすやすやと眠っている。 まるで子守唄か、おやすみミュージックを聴いているように眠っているのであった。 そんなお婆さんを見ていると、不思議と落ち着いた気持ちになる。そうすると、歌もまた違った聴き方があるようにも思えてくる。 猫は、眠る姿勢を変えてみることに決め、その場でひっくり返った。 まだまだ眠るのは早いよ 夜はまだまだ長いんだから もっともっと 歌を歌おう 枕を投げよう 見上げてごらん お花がいっぱい まだまだ休むのは先だよ 夏はまだまだ長いんだから もっともっと 話を話そう 石を投げよう 見上げてごらん 花が散ってく まだまだまだまだ まだまだまだまだ もったいないよ 眠るなんて そう言いながらいつも いつも 真っ先に 眠ってしまうんだ 風の気配に、猫はぴくりと耳を動かした。 頭上高くに生い茂った木々が、風の合図で一斉に歌い始めた。 聞き覚えのある歌。それは遥か昔の秋の歌、そしてもうすぐ訪れるであろう秋の歌に似ていた。 路上では、歌声に合わせるようにして大勢の落葉の群れが踊りながら跳ねながら、猫の足下を駆けてゆく。避けるでもなく、一緒に踊るでもなく、猫は道の端をゆっくりと歩いた。 不意に目の前に現れた小さなものに、ふと足が止まる。 それは、道の片隅で仰向けになって眠る一匹のセミであった。 昼のうちあんなに口うるさかったのに、もうこんなに静かになって……。 猫は、しばらくの間、いびきもかかずに眠る虫を見下ろしたまま動かなかった。 セミもまた、微動だにしない。 その横顔は、23時にかろうじて帰り着いた父のようであった。 何かを思い出したように、猫は突然動き出した。 そして、一枚の落葉を拾い一匹の眠れる虫の前に戻ってくる。 落葉は、ふわりと落ちてセミの体の上に落ち着いた。 (ちゃんと眠れ) |
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2008-08-13 Wed 19:48
代表選手に選ばれた。
今まで何かに選ばれたことはなかったので、大変驚いた。 代表選手としての自覚について自分なりに、色々考える。考えるがわからない。 次の日から、取材人という人がやってきて、今日からよろしくと頭を下げた。 試合の日まで、密着取材させてほしいと言う。特に断る理由はなく許す。 取材人は、影踏み遊びのように、マンツーマンディフェンスをするペタペタ虫のように、あるいは鏡の中のうたい人のようにどこへ行くにもくっついてくるのだった。 カフェに行く時も、海へ行く時も、お墓参りに行く時もついてくる。 モスバーガーに遊びに行く時にもついてくるので、少し疲れる。そして、少し好きになる。 「本当に、どこまでもついてくるんですね」 お風呂場で、ふと言ってみる。 「どこまでも、ついていきますよ」 背中を流しながら、取材人は微笑んだ。 親切な取材人の協力もあって、試合の日までは平常心で過ごすことができ、心身ともに万全だった。 そして、試合の昼がきた。あの真っ赤な太陽が、敵になるのか。 試合が始まった。なかなか自分の出番はやってこない。 他の試合を観戦しながら、体をほぐしながら、待つ。 待っても待っても、呼ばれないので、なおも素振りを繰り返して、待つ。 いつになったら、呼ばれるのだろうか……。 他の選手の人にきいてみるが、どこの国の人もみんなしらばっくれるのでさらにへこむ。 仕方がないので、大会委員の人にきいてみた。 関係者でもないのに勝手に入るんじゃねえ、ばかやろうといってつまみ出される。 まだ試合に出てもいないので、必死になって抵抗した。今日一番の力で抵抗した。 「トリプルスの選手なんです、トリプルスの選手なんです、 トリプルスの選手なんです」 よくきいてください。ちゃんときいて、調べてください。えらい人に。 トリプルスの選手なんです、リベロなんです。きけばいいじゃないか、雲の上の人に。 けれども、警備員は言葉を完全に理解できないロボットなのだった。 ばかやろう、ばかやろう、わからずやの鉄くずやろう。 泣きながら、会場を後にした。 外で取材人が微笑みながら待っていたので、泣きながらプロポーズした。 タイミングが悪かったのか、涙が嫌いな人だったのか、わからないなりに断られた。 じゃあ、と手を振って歩き出す。 取材人の人はついてこなかった。 しばらく歩いてから、振り返ってみると、取材人の人はもういなかった。 誰もいなかった。 元々いなかったみたいに。 |
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2008-08-09 Sat 20:29
お婆さんは危険な状態だった。
浜辺に大の字に倒れ込み、意識を失った体に救急隊員の手が触れる。 その手は頼りなく確信なく彷徨った後、ようやく心臓の上あたりに留まった。それから押して叩いて揺さぶり出した。 揺さぶって揺さぶって、何度も何度も揺さぶり続けるとやがてお婆さんは、口の中から飲み込んでいたものを吐き出した。 最初に出てきたのは接続詞の「けれども」だった。続いて、「だから」、「そして」、「。」が出てきた。「さよなら」を吐き出してお婆さんは息を吹き返した。 それからもまだお婆さんは、色々なものを吐き出した。改行、段落、長い台詞、助詞、空白、*、風景、メッセージ、72ページのすべて…… ごほごほと口を動かしながら、次々と吐き出した。 吐き出された言葉の欠片、言葉の名残たちは、風の中で軽やかに舞いながらしばらくの間みな行き先を決めかねたように漂っていたけれど、やがて思い思いの方向へ旅立っていった。あるものはひたすら上を上を目指して、またあるものは果てしない水平線を目指して、そして中には砂をつつきながらその下に潜り込んでいくものもあったのだ。 一通り吐き出した後、再びお婆さんは倒れ込んでしまった。 隊員の耳が、風に揺れ動いた。 空想の海だけが 私を闇の中から 助けます 日常の向こう側に 本当の宝物が 待っているように 物語はいつも 青い海から生まれて いつかやがて 永遠の海へ還ってゆきます 空想の海鳴りが 酩酊の時を 覚まします 日常の向こう側で 奇跡の友達が 泣いているように 物語はいつも 赤い海から生まれて 誰もいつかは 永遠の海へ還ってゆきます だから私は 泡沫の 愛の中で溺れよう キミという名のノスタルジーの中で 戻れなくなっても もう 「あの猫がいなければ、本当に危ないところでした」 院長先生が言うには、寸前のところでお婆さんを引き戻したのは猫の手だったということだ。 お婆さんの胸に聴診器を当てながら、先生はまだ感動の余韻を引きずっている様子だった。 そんな芸当ができる猫はこの世界にはそうはいないだろうということ、そして奇跡の偶然が重なった幸運について語りながら、お婆さんの日頃の行いについて褒めたりした。 「それで、その猫は、今どこに?」 「それが、名前も告げずに……」 院長先生は、とても残念そうに言った後で付け加えた。 「そうそう、本が落ちていたんですよ」 差し出された本を、手に取った。 ずっしりと重く感じたのは、お婆さんの体力が少し弱っていることの証拠でもあった。 お婆さんは、病院のベッドに横たわりながら読みかけのページからまた読み始めた。 長いセンテンスに転ばないように注意しながら、句読点のある場所ではちゃんと息をすることを忘れずに気をつけながら、楽しみながら、それでいて夢中になりすぎないように意識しながらページをめくっていった。 そうして72ページまでくると、真っ白いベッドの中で猫が寝息を立てながら眠っていた。 その横顔は、永遠の眠りを刻み続けるさざ波のようだった。 「こんなところに、いたのかい……」 ありがとう。 お婆さんは、猫の小さな耳の横に鉛筆で書き込んだ。 猫を起こさないように、 そっと小さな文字で。 |
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2008-08-03 Sun 10:40
「問題は、息継ぎの瞬間だよ」
クジラの先生は言いました。 「水を一緒に飲んでしまわないように。 まずは雲を見ながらやってごらん」 勇太は言われたとおりにやってみます。 腕を回す瞬間、顔を思い切り傾けて、空に白い雲を探しました。 けれども、澄み切った空の中に雲は一つも見当たらず、しまったと思った時には勇太はまた水を飲んでしまいました。先生の言っているイメージと自分の頭の中のそれと、体の動きがなかなかうまく一致してくれないのでした。 「先生、雲は見つけられませんでした」 「雲じゃなくても、月だっていいんだよ」 クジラの先生は優しくそう言って、それから休憩しようと言いました。 先生の背中に乗って海の中へ、深い深い海の中まで入っていくと、小さな魚たちが珍しい生き物を見るような目で近づいてきたり、勇太の神の毛に触れて去っていったりしました。先生の背中はとても大きく、優しくて、どれほど知らない生き物たちが近づいてきても、またどれほど遠く深くへ潜っていこうとも一つも怖いということはなくて、むしろどこまでもどこまでも旅を続けたい気持ちになっていくようでした。 クジラの先生は、突然歌いはじめました。少し、しゃがれた声でした。 そして、その声に引き寄せられるように、他の水の生命たちがキラキラと集まってきて、あっという間に夏のお祭りのようになりました。大きいものも小さいものも尖ったものも毒を持ったものも、この時ばかりはまるでみんなが兄弟というように争う様子もなく、一帯が穏やかな秩序のようなものに包まれていました。 それらはクジラを中心に大きな輪のように広がっていて、みながクジラの歌のファンでした。 そして、勇太はというと、やはり誰よりもファンになっていたのです。 クジラの先生は、透明な夏の理解者に包まれながら気持ち良さそうに歌っています。どこか、ジャニスに似た声音でした。 勇太は、どこかで聴いたことのある歌だと思い出し、どうやらこれは「サマータイム」に違いないと思いながらも、結局誰にもそれを確かめることはしませんでした。 長い長い歌が終わると、平和の光の輪の中に留まっていたファンたちはみな、さよならも言わず、それぞれの日常の中へ戻って行きました。 クジラの先生が上昇を始め、やがて勇太にはまた厳しい訓練が待っていたのです。 「コツは、息継ぎのタイミングだよ」 クジラの先生は言いました。 「水を一緒に飲んでしまわないように。 まずは雲をみるようにしてやってごらん」 勇太は言われたとおりにやってみます。 けれども、なかなかうまくはいきませんでした。イメージがなかなか合わないためです。それにそんなに簡単にできることだったら、何度も何度も練習したり失敗したりすることを繰り返す理由なんてなかったのですから。 「雲がなかったら、何だっていいんだよ」 勇太は、何度も何度も繰り返し試みました。はやく先生のように泳げるようになりたかったのです。 何度目の挑戦だったでしょう? いつもと同じように腕を回し、頭を傾けて、そして次の瞬間、勇太は空に白い雲を見ました。 雲は、自然に勇太の口の中に吸い込まれるように入っていきました。 何度やっても、何度やっても、勇太は繰り返し雲を見て、繰り返し雲を吸い込み、海の中で吐き出しました。 そうして、勇太は自分で呼吸するということを覚えたのです。 ようやく、先生の言った意味が……。 「ありがとう、先生。 僕、わかりました」 クジラの先生は、もういませんでした。 * 熱帯の汗に包まれながら、勇太は目覚めました。 けれども、大事なことはしっかり覚えていましたし、とてつもない自信を帯びていました。 まるで新しい自分に生まれ変わったような爽やかさと、勢いとが抑えきれないほどありました。 「勇ちゃん、上着ていかないと!」 母親に手渡された上を着て歩き出すと、それでもまだ寒いくらいであることに気がついて、勇太ははっと我に返りました。 今は、なぜか冬なのかもしれない…… そう思いながら、空を見上げると、白い雲が気が遠くなるほど遠くにあり、それはだんだん雪だるまのように見えてくるのでした。 せっかく、覚えたところだったというのに、夏の海はまだまだずっと先に行かなければ見ることはできず、その道程の長さは今ここに芽生えた鮮やかな期待なんて少しの容赦もなく不安の色で塗りつぶしてしまうのかもしれません。 道の向こうからは、不安の欠片もないクリスマスソングが流れてきました。 けれども、それより遥かに遠いところから、勇太は懐かしくしゃがれた歌声を聴きました。 8月の海から流れてくる、クジラの歌声。 それはきっと、「サマータイム」なのでした。 |
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