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あゆみ

世の中は不思議だ。
お婆さんの熱心な呼びかけにも、愛らしい微笑みにも人々は足を止めない。
「長生き弁当はいかが?」
長生きするために、世界中から選び抜かれたおかずで弁当箱はぎっしりと埋められていて、それでいて値段はたったの550円とあっては買わなければ損と考えるのが普通だった。
少なくとも、お婆さんの周辺においてはそうだった。

「そんなにメガマックがいいのかねえ?」
長期高齢者会長の野村さんが言う。
「食べてから判断してほしいねえ……」
副会長の村上さんが、梅干しのように顔をしかめる。
お婆さんは、まったくそうですね、と相槌を打つのに忙しい。

「おいしい長生き弁当はいかが?」



どうにかこうにか
今まで生きて
これたのは

誰かと歩いた
道があったから

なんとかこうして
今まで生きて
これたのは

誰かが置いた
手紙があったから

時々振り返る
思い出という
鏡の中で

私をみつけなおし
私は歩き出す

どうにかこうにか
今まで生きて
これたけど

明日の道には
迷いがいっぱい

なんとかこうして
今まで生きて
きたけれど

明日の世界は
狂気がいっぱい

時々押し寄せる
不安という
時計の中で

私を磨きなおし
私は歩き出す

今度も
きっと
私は歩き出す




夏の短い夜がようやくやってきた頃、お婆さんは長い長いため息をついた。
今日、売れたのはほんの数えるほどの数だった。
「それでは、あとはお願いします」
そう言い残すと、余った弁当を幾つか抱えながら、長生きの会のみんなは去って行った。
それでも、弁当はまだまだ夏の数ほど残っていたし、後に残されたお婆さんは後片付けのすべてをしなければならないのだった。たった一人で背負い込むには、あまりにも重いんだし多いんだしきついんだし面倒なんだし、お婆さんは湧き上がる諸々の感情の中、あと少しのところで自分を見失ってしまいそうになるのを必死で耐えなければならなかった。
その時、どこからともなく猫がお手伝いに近づいてきた。

その横顔は、夏の星座を閉じ込めた水槽のようにゆらゆらと揺れていた。


「残ったものに、何でも押し付ける世の中はあれだねえ……」

猫は、お婆さんの言葉に首を少しだけ傾けてみたものの、やはりあれこれ考えるよりも、今は食べ物のことだった。
お婆さんが開けた長生き弁当の中に、ゆっくりと顔を近づける。
けれども、次の瞬間、素早く一歩遠ざかった。
恐れ、不安、優しさ、眠たさ、気だるさ、明るさ…… ありとあらゆるものたちがひしめき合っている。
そこに入っていたのは、猫の今まで歩いてきた道そのものだったのだから。
そしてそれは、お婆さんとの思い出でもあったのだ。
だから猫は、容易にそれを口にすることも、足を踏み入れることもできないのだった。
その長さに圧倒されながら、ごくりと唾を飲み込んだ。







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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

はてなの窓

今にも、ひと雨きそうな空模様だった。
はて、窓はちゃんと閉めてきただろうか?
そんな不安が頭の片隅を過ぎるにつれて、お婆さんの歩く速度はカブトムシ並みに落ち、ついには完全に止まってしまった。
これだけ気になるということは、それこそ忘れていることの証拠ではないだろうか……。
早速、お婆さんは引き返す道を選択した。
お婆さんの左肩の上で、猫も少し不安を覚えたのか、ひまわりのように首を傾けた。
家に戻ると、窓は嘘のように閉まっていた。
不安が嘘の不安であったことに安心し、お婆さんは再び旅立った。

今にも、ひと雨きそうな空模様だった。
灰色の雲が、東の方から大挙して押し寄せてくる。
はて、玄関の鍵はちゃんとかけてきただろうか?
もしかして、さっきは窓が閉まっていたことに安心しすぎて、うっかりかけ忘れなかっただろうか。
そんな不安が、お婆さんの心の窓をガタガタと震わせたり、トントンと叩いたりするのをじっとこらえていたけれど、とうとう耐え切れなくなってしまった。
猫がガラスの割れる音を聞きびくりとした時、お婆さんは引き返すという道を選択した。
やけに行ったり来たりする一日だ、と猫は思った。
家に戻ると、玄関は嘘のように閉まっていた。
不安が嘘の不安であったことに安心し、お婆さんは再び旅立った。

今にも、ひと雨きそうな空模様だった。
世界中のあらゆる不安がひそひそと相談しながら寄せ集まり、ありとあらゆる方向から、猫とお婆さんの頭の上を目指していた。
逃れようとして歩調を速めたとしても、それはまったく無駄だった。
空は、人よりも遥かに高く遠く大きく、永遠の時を引き連れていたから。
もくもくと増え続ける灰色の、あるいはそれよりもっと濃い色の雲を見つめていると、それはなぜか無数の?に見えてきて、そのためお婆さんはまた新しい不安を作り出さなければならないのだった。

   はてはてな、はてはてはてな、はてはてな、はてなはてなの、はてはてはてな

はて、扇風機はちゃんと止めてきただろうか?
先ほど家の玄関まで戻った時、その音は聞こえなかったけれど、そのドアの向こう側では忘れ去られた扇風機が右に左に首を振っていたのかもしれない。
誰もいなくなった部屋の中で、誰にも喜ばれずに風を起こし続ける扇風機。
もしも、それが本当なら、その責任は誰にある?

   はてはてな、はてはてはてな、はてはてな、はてなはてなの、はてはてはてな

北から吹きつける風に、猫は不安を募らせた。
今度も、お婆さんは、引き返すという道を選択する。
それは、風の答えだった。



物語は
灰色の雲と
流れてくる

どこへ向かうか
どこへ戻るか
誰も知らない

そらみてごらん
気がつけば
どんどん妖しくて

物語は
灰色の雲の
中にある

誰と出会い
誰と離れるか
誰も知らない

そらみてごらん
近づけば
だんだんかなしくて

物語の終わりは
いつも
灰色の雲だけが
知っている

そらみてごらん
手を伸ばせば

ほら きっと 届かない




玄関のドアを開け、家の中に入るとやはり扇風機が回っていた。
そればかりか、頭にタオルを巻いた見知らぬ男が忙しそうに動き回っていた。
猫は、咄嗟にお婆さんを盾にして隠れた。
お婆さんが、問いただしてみたところ、男は、引越しの手伝いだと言った。

「ごくろうさまです!」

それならば、扇風機が回っていてもやむを得ないというもの。
お婆さんは、お手伝いの邪魔をしないよう、猫を抱きかかえると家を後にした。
しばらく歩くと、ぽつりぽつりと雨が歌い始めた。

   はてはてな、はてはてはてな、はてはてな、はてなはてなの、はてはてはてな

しまった!
突然、雷に打たれたように気がついた。
引越しの予定など、これっぽっちもなかったということに!
だとすると、あのタオルの男の正体はいったい何者だ?
得体の知れない不安に包まれて、お婆さんは固まった。

その横顔は、?仕掛けの人形のように当惑に満ち満ちていた。

花模様の傘に、雨粒が当たる音を猫は聞いていた。
お婆さんは、まだ引き返そうとはしなかった。
ついに、不安という魔物にそっと寄り添って歩くことに決めたのかもしれない。
猫は、強まっていく雨に負けず、
ひとつ大きなあくびをした。





テーマ : 自作詩
ジャンル : 小説・文学

鍵穴の猫

ポケットの中にもそれはなかった。
家の前で、巾着袋をひっくり返してみる。
けれども、出てきたのはキャンディーに、クッキーに、ビスケットに、チョコレート……
どれもこれも虫歯団の結成に一役買いそうなものばかりだったけど、お婆さんの探し物はついに出てこないのだった。
そんなこともあろうかと思って、鉢植えの下にお婆さんはこっそりともう一つのそれを隠しているのだし、その隠し場所を知っている者といえば、広い世界の中にあっても猫を除けばお婆さん一人だけなのであった。
よっこらしょっ、とお婆さんは鉢を抱え上げるとニョロニョロとミミズが現れた。
初めて空に浮かんだペンギンのように、小刻みに戸惑いながら……。

早速、猫は激しくステップを踏みながら闘いの意志を伝えるのだけれど、その波動は猫の爪の先で留まったまま地面から一センチさえも流れていかないのだった。
やがて、猫は小さな生き物を見下ろしながら、それが自分の敵ではないと悟ったように落ち着きを取り戻した。
そして、それよりもっと深い絶望を伴った落ち着きが、お婆さんの顔に浮かぶ。
入れなくなった家の前で、お婆さんは月を見上げた。
月はとても、丸かった。



やがて僕らは
合鍵を作る
技術を手に入れた

作ろうと決めたら
たった5分で
出来てしまうだろう

もうこれで
心配いらない

どこかで落としても
どこかで失っても

僕らはついに
合鍵を作る
技術を手に入れた

どんな複雑な形も
少しも狂いなく
合わせてしまうだろう

もうこれで
不安はないよ

どこかで離れても
どこかで引き裂かれても

もうこれで
大丈夫

僕らはだけど
合鍵を作らない

なぜか
どうしても
合鍵を作れない

僕らの
かえるところも
抱えられるものも
ひとつしかないのだから

いつもどこかで失うことに怯えながら

いつも
見ていることを
想っていることを
触れていることを

そして
恐れを
共有しながら

ようやくたどり着いた
到達点に
僕らは鍵をかける

ぎゅっと 強く

永遠に

代わりのない

キミと




その時、猫は立ち上がった。
鍵穴の奥を、のどの奥を熱心に探るお医者さんのように覗き込んだ。
そして小さな頭をくっつけると、ぐいぐいと押し付けながら無謀な前進を試みた。
けれども、徐々に猫の額が頭が首が吸い込まれ、ついには胴体までが見えなくなってしまった。
異次元の鍵穴の中で、猫は秘密の暗号を解きながらもがいていて、かろうじて外の世界に残っている尻尾が、あらゆる方向に揺れ動いている。
やがて、それは切ない形に落ち着いた。

        S     O     S

お婆さんは、猫の尻尾を握り締めると精一杯こちらの世界に引っ張った。
帰って来い、帰って来い、と言いながら月に照らされた綱引き大会が続く。
やがて、カチリと何かが回転する音と共に、猫が戻ってきた。

その横顔は、とけたバターで出来た猫のように不完全な猫だった。

猫とお婆さんは、色々あったけれどようやく家の中に入ることができた。
やっぱり、家が一番だ。
そして、一緒にお風呂に入った。










テーマ : 自作詩
ジャンル : 小説・文学

真っ白い朝

100円玉を拾って歩く男、タクシーを拾えない女。
その合間を縫って、猫は駆けた。
少年が道端に並んでいる自転車を、なぎ倒しながら歩いていく。
猫は、一段と速く、夜を駆けた。
銀色の鉄屑に向けられた腕力が、自分の方に行き先を変えない間に……。
急ぐんだ!
ホームまで。


   *

夢の中で、猫は空飛ぶ円盤を見た。
狭い狭い空の上で、きらきらと飛び交う円盤たち。
危険だ、危険だ、危険な夜景だ。
不思議だ、不思議だ、不思議な光景だ。
それらは、世界中を悪い夢のような恐怖と深い絶望で包み込むためにやってきた?
それとも、宇宙ワールドカップのとてつもなく新しい幕開けを告げる花火のような何か?
一刻も早く、猫は安全な大地を蹴って進みたかったし、どこまでも逃げて逃げて、せめて自分だけは生き延びたかったのだけれど、夢の中ではひとつとして身動きなんかできないのだった。
ひゅーひゅーと、こんなにもたくさんでやってきて、恐ろしいスピードで飛び回っていて、それでも誰にも当たらないのはどうしてなのか……。

猫は、夢の中で突然、赤い雷に打たれた。
そうだ!
父さんが、当たらないように投げているからだ!
どうにもならない不満が、限られた器の中に溜まり溜まって、とうとう満ちて限界に達してしまった瞬間に、父という生き物は自分の中から皿を取り出して一つ一つ投げ始めるものだ。誰一人待つことのない空へ向かって、あるいは届くはずのない星へ向かって、子供のように声を荒げながら……。
猫は、円盤の叫び声を聞いた。
眠りながら、ふるえながら。



壊さなければ
ならない夜が
あるならば

どうか私を
壊しなさい

私だけを
壊せばいい

当たらなければ
ならない夜が
あるならば

どうか私に
当たりなさい

私だけに
当たればいい

大丈夫
幾度でも
私は私になれるから

怒りと絶望の力で
どうしようもなく
砕き散るならば

どうか私を
選びなさい

かけがえのある私だけを




ようやく、真っ白い朝がやってきた。
猫も含めて、部屋中が白かったのは夕べの残骸が部屋中に落ちているためだった。
誰にも当たることなく夜通し飛び回って役目を終えた白い円盤たちは、今は粉々になりながら静かにここに落ち着いていた。
きっと、お婆さんも、同じ夢を見たに違いない。

「なんで、わたしが片付けなくちゃいけないのかねえ……」

小さな雨を確かめる時のように両手を天井に掲げて、それからふーっとため息をついた。
しわしわの顔が、今朝はより一層しわしわで、猫は秋のもみじを思い出した。
危ないのでしばらく動かないようにと言いながら、お婆さんはちりとりの中にとても慎重に、夢の欠片たちを集めていく。
もう再生することのない夢が、床の上から完全に消えて見えなくなるまでかき集められると、やがてそれは黒いゴミ箱の中で最後の鳴き声をあげた。
猫は、その様子を少しばかり憐れむように見つめていた。

その横顔は、7月の空の上を永遠に回り続ける雲のように真っ白だった。

「まったく、調子にのって回し続けるから……」

お婆さんの言葉に、猫は少しわからなくなった。
やはり、別の夢だったのかもしれない……。
それでいて、同じ朝にたどり着いたのだろうか?
結果として、同じ朝に。










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junsora(望光憂輔)

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「喜多さん、いいとこばっかじゃねえか」

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『ウィキペディア』












































 

「行き先のないバスに乗って
 あてのない旅をしています」

「僕たちは心の旅をまだ
 始めたばかりなんです」



「この場所は自由な場所。
 本当に自由すぎる」
「でもまだ足りないんです」





「春の足音を、
 しばらく前に、聞きました。
 私はもうとけてゆきます」
「大いなる誤解が
 とけていく速度で…」






『落書き』

偶然たどり着いたこの場所
あなたは何を探していたのです

求めるものと目の前にあるもの
それはどれほど違っていても
みかんの色は変わるのです

あなたという存在が
あなたを囲む海や人や森が
歌い励まし騙し傷つける頃
空想の世界の中で
生まれ変わるならば
いつかそれは
求めるものと同じであったか
近づいていくこともあるのでしょう

偶然目に触れた落書きに
こんなことが書いてあるとは
思わなかったでしょう
だからそれを望んで
これを書いたのです

少し時間を
無駄にさせてしまったね






『空白の壁ときみ』

壁が空いているから
ここを詩で埋めようかな

何も書くことはないけれど
何もない時だって
詩を書いていいんだよ

何もなくても
聴きたいときがある
きみの声を

点滅するバスは
行き先を決めかねているけど
もう詩は出発したよ

年中融けない雪だるまが
上で見てるんだ
これでまた融けにくくなった

壁が空いているから
サンドイッチのない詩を
猫に内緒で書いてる

見つかると嫉妬するからね

寝静まった頃静かに書いて
きみもやっぱり静かに読む

見知らぬきみ
またここで落ち合おう

きみの空いてる時間にね






『そんな横顔』

獣のような 大声で
どこかで 叫んだケダモノ
気高さを保ったまま
毛玉を嫌う ケダモノ
そんな生き物が いるのだろうか

僕らは 
不思議な生き物を見るような目で
不思議な生き物を眺めるんだ

1000年前から生きてるみたいに
落ち着いて 慌てない
何でも知ってるような
そんな横顔で
質問には 答えることもない

それでも 僕らは
昨日生まれた ばかりのような
そんな横顔 してたんだから
不思議な生き物 眺めるような
そんな横顔 してたんだから






『片隅』

ノートの片隅に
詩を書いている
誰に見せる
あてもない

頭の片隅に
詩を留めている
未だ現れる
気配はない

カフェの片隅で
詩を書いている
誰に会う
約束もない

世界の片隅で
詩と向き合っている
そうしていると
寂しくもない






『できそこない道』

完成することのない
できそこない道を
僕は歩いている

進んでいるのか
戻っているのか
それさえわからない

それでもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている

つまずくことばかり
挫けることばかり
たどりつくこともない

どこにもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている






『なきうた』

理由もなく
泣きたくなるのです

二月が終わる頃になると
遥かなる距離を越えて
オレンジの光が
届いたのを知った時

理由もなく
泣きたくなるのです

小さな息吹が
青白い風の中に
溶け込む匂いを知った時

私は生まれるよりも
遥か前のことを
思い出しながら

理由もなく涙を流し
歌わねばならない
という理由において
歌うのです

遠い過去の人である
私の声が
あなたの元へ届く日を
想像したりしながら
























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