勇者
2008-06-30 Mon 18:10
200円払って、ポカリスエットを買う。
お婆さんは、少し震える手で小銭を返してくれる。
ありがとう、という。
ユウも、ありがとう、という。

毎日、同じ道を歩く。
全く、同じ。
昨日も、今日も、先週も、一年前も。


   「ねえ、先生。なんでみんな同じなんかな?」

   「日は昇り、日は沈む。当たり前じゃないか……」


あの日、先生が言ったように、今日もすっかり日が沈んでしまった。
ポカリスエットを一気に飲んでしまう。
この道に、しばらくゴミ箱はない。
だから、空っぽになった後でも、捨てることはできない。
わかりきったこと。
わかりきった道。



長い旅でした

小さなものから
倒し片付け
経験に変えました

始まりは不安でした

小金が少々
粗末な装備
やくそうを抱えて

険しい道程でした

地図にもない獣道
緑がいっぱい
溢れていました

出会いがありました

魔法じみていたけれど
不思議とすぐ打ち解けて
旅の仲間となりました

時と共に成長しました

自分が自分じゃないと
思えるほどたくさんの
悪を倒し滅ぼしました

何かが見えてきました

探し求めていたものです
最後の目的とその向こう側に
なぜかうっすらと寂しさが

多くを手に入れました

あり余る大金 伝説の宝物
友人たちの賞賛の声
まちの人々の笑顔と祝福

ようやくたどり着きました

ありえないほどの試練と
振り返ることも許されない
かなしみを乗り越えて

長い旅でした

とても とても

長い 旅でした


僕は選ばれた
たった一人の
勇者になれたでしょうか

ほこらの奥からドラゴンの声が聞こえます

  いいえ あなたは
  本日一万と一人目の訪問者です
  ようこそ

次の 旅が 待っています




空っぽになったポカリスエットが、ずっと右手に握られていた。
重く満ちていた時よりも、軽くなった今の方がなぜか重たい。
通い慣れた道は、旅にはならないけれど、今空っぽのそれはユウにとって唯一旅の仲間だ。
いつか、この真っ直ぐな道を越えて本当の旅に出て行くことを、黒い夜の向こうに想像してみる。
旅の仲間が、ヘッドライトにキラリ反射する。

徐々に夜は、それよりも黒い雲に覆われ始めていて、道はより寂しい道に変わっていった。
世界で最後の煙草屋を曲がった所には、きっと猫がいるだろう。
いつもの猫が……。
ユウが道を折れるとその先に見えたのは、猫ではなくふらふら運転の自転車だった。
ふらふら、ふらふら、としてやがてガシャーン、と転倒した。

 「立てるか? おっちゃん」

体に覆い被さった自転車を起こしながら、ユウは訊いた。
赤鬼のような顔は、何度も転げたせいか傷だらけで、鼻の上に薄っすらと赤いものも見える。

 「けど、杖がなあ……
  はあー、おまわりなんか知らん顔や……」

おっちゃんは、倒れたまま雲を見上げながら、杖のこと、他の色々なことに文句を言っている。
その時何者かが、ユウの背後から黒い影を作った。
振り返ると、警官が両手を膝に置いて様子を窺っていた。


ユウは、再び自分の道を歩き出した。
旅の仲間は、いつの間にかいなくなっている。
今日も、同じ道だった。
繰り返し、繰り返し、同じ道を歩く。
けれども、それは一度だけの道だ。

ユウは、一度振り返った。
そこにおっちゃんも、警官もいない。
そして、いつもの猫が座っていた。

その横顔は、一息で夜を塗り替える魔法使いのようだった。







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