なごり駅
2007-12-03 Mon 12:09
22番ホームの上に、ピューッと風が吹いた。
風の音が聞こえるほど静かなのは、近づいてくる寂しさのためだ。
それは秋の寂しさ、あるいは別れの寂しさだ。
時間を惜しむ人々の影が、あちらこちらで伸び縮みしていた。
ある者は手を取り合い、またある者は身を寄せ合って……。
それぞれが自分たちだけの小さな秘密を、共有しているように見えた。
ほんのちょっと風が吹いただけでも壊れてしまうような、そんな秘密を。
抱えていることの幸福と手放さなければならないものへの不安の中で、時折瞬き、そして重く停滞しながら、それでも確かに時間は前進していた。
夜が、闇そのもののように濃くなっている。
先程より少し強めの風が吹いて、落ちていた空き缶を転がした。
カラン、カランと空虚な音。


もうすぐ僕は
黙らなければならない

きみと離れたら

僕の言葉を
わかるひとは
誰もいなくなる

こんな時
何を言えばいいだろう


もうすぐ僕は
行かなければならない

きみと離れたら

僕のことを
わかるひとは
もういなくなる


こんな時
いったい何を
いったい何を


もうすぐ本当の
沈黙が訪れるのに

もうすぐ本当の
静寂が訪れるのに


もう僕らは 

失い始めている




「いらん、いらん!」

転がってきた空き缶を、猫はプイッと蹴り上げた。
空き缶は、悲鳴に似た音を立てながら高く舞って、一瞬闇に隠れた。
21番ホームまで飛んでいくと、見事ゴミ箱に収まった。
その軌道は、猫の計算どおりだった。

「どうだ、見たかっ!」

といった顔で、猫は辺りを見渡した。
けれども、誰一人見てはいなかった。
猫は、何事もなかったかのように身を伏せた。

「間もなく、22番ホームに火星行き最終列車が到着します」

マイクを持ったお婆さんが、格調高い声で言った。
お婆さんの宣言通り、煙を吐きながら列車が滑り込んできた。
幾つもの旅を連結した列車は、しばし立ち止まると別れを飲み込むように大きく息を吸った。
間を置かずして、旅立つ者を内へ残される者を外へ、短くもどうしようもなく決定的な差異で隔てた。

「メールするね……」

残された女の最後の言葉を、猫は聞いていた。
メールはちゃんと届くのだろうか……
そんなことを少しだけ気にかけながら、人の別れを見つめていた。

その横顔は、幾つもの名残を見届けてきた駅長のように穏やかだった。

間もなく、列車は遥かなる闇の中へ姿を消した。
続いて人も、階段の下に吸い込まれ見えなくなった。

しばらくして22番ホームに、またピューッと風が吹いた。
別れが通り過ぎた後の風音を、
猫の小さな耳だけが、拾っていた。






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