お婆さんリサイタル『最後の歌』
2007-02-17 Sat 08:36
ステージの上を、猫が見守っていた。
お婆さんリサイタルの、たったひとりの観客だ。
最後の歌の時が近づいてきた。
どんなものでも、最後は少し寂しいものだ。
どんな歌だろう……。
猫の鼓動は、少しずつ高まりつつあった。
そして、お婆さんは歌い始めた。





最初のように
あのまま
あの場所にいたならば
私は今どこにいただろう

時間は無限じゃないと
わかっているはずなのに

あと少し時が早ければ
あと少し時間が遅ければ

途中までのように
あのまま
あの場所にいたならば
私の今はどこにあるだろう

自然は限られていると
わかっているはずなのに

もう少し勇気があったなら
もう少し器用さがあったなら

あの時に
あの場所で

わかっているはずなのに
それでも涙は止まらない

私は私は私は

想像で語れる風景は
壮大な自由と
未知の色使いで
塗り描くことができるから

現れるのはファンタジー
想像上のファンタジー

あの日の笑顔と
昨日までの道程を
嘘のように飲み込んで
飛び立ったのは別世界

結末の消えた夢物語の中で
架空の登場人物の表情は
氷の中の本のように固く

あのままだったら
どうだっただろう

きっとそれは
どうだっただろう

想像だから言えること
だからそう言えること

私はどこにいただろう

最後になればわかること






最後になっても、猫はわからなかった。
お婆さんの歌の意味がよくわからなかった。
眠たかったわけではない。
ここにいる誰よりも、よく聴いていた。
猫は自分の後ろに、誰もいないことを知らなかった。

お婆さんの消えたステージを、しばらく見たまま動かない。
意味はわからなかったが、少し痛く哀しくなった。
けれども、針の雨が降り注ぐような痛みではなくて……。
猫はまた、お婆さんの歌を聴きたいと思った。

その横顔は、最初で最後の理解者が描き出す優しさそのものだった。

それからお婆さんは、どこかから拍手の音がするのを聞いた。
それは、猫によるアンコールだった。





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