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別れの時間

読んでいる本に、どうものめり込めない。
タイトルが空想的なのに、中身がごく日常的な内容であるためだろうか?
いや普通の日常の中に、気がつけばいつの間にか空想的な要素があふれている、そんなお話ではないか、集中して読めばきっと面白い。
けれども、どうしても入り込めない。
どうして本のタイトルを先に読んでしまったのだろう?
後悔の矛先は明らかに間違っているが、改まった町の名前のように頭の中を違和感だけが駆け回っている。
何か違う、何か……。

「あの頃、満州でね……」
「連合軍がね…… GHQがね……」
今時ではない話が、隣の席から流れてくる。
話しているのは、現代の高校生ではあり得なかった。

「……女学校を出てね」
「職業軍人だったから……」
一つ一つが、聞き慣れない単語だった。
メガネをかけたお洒落な感じのおばあさん。といってもそんなにおばあさんにも見えない。

「召集されなかったの」
「二等兵で…… 38度線でね」
本を開いてはいたが、もうとっくに読んではいなかった。
隣の席だけを見て、隣の話だけを聞いていた。

「おまえたちのためにどついているんだ。
 おまえたちを鍛えるためにどついているんだ。
 そう言われ続けてきたから……」
おじいさんは、昨日の出来事のように話す。
「立場が変わったとしても、同じようにしたんだ。
 何の疑いも、なかったんだよ」
ずっと言われ続けていたら、何だかそんな気がする。
今、この瞬間でさえ、僕はそんな気がしてしまった。

「……、一億玉砕といって……」
「軍事裁判では…… で死刑になってしまったの」
なんで……。ひどいよ。
命令には、絶対に背けなかったのにね……。

「みんなが終わった後、私ひとりでゆっくり食べるのが何よりの楽しみなの」
「私ね、寂しいということがわからないの。
 小さい時からそうよ」
ああ、おばあさん、わかるよ。とても、わかるよ。
「寂しいって、どうしてでしょう?
 ひとりで帰ってきて、家の鍵開けてね。
 板切れにびーだまでしょ。今で言うスマートボールかしら?」
うん。雰囲気だけわかるような気がするよ。

「日が暮れ始めると早いね」
「ええ、ほんとね。
 西日が傾き始めると早いですね」
「じゃあ、そろそろこのあたりで……」
延々と続くと思えたお話は、意外にあっさりと終わってしまった。
なんてクールな別れ方なのだろう……。

二人が喫茶店を出て行くと、一冊の本を閉じた時のように急に現実の世界が戻ってきた。
読みかけの本を、再び開く。
何気ない日常の中から、空想が立ち上がるお話だ。



     *


ついこの前までは、夏のセールを歌っていたのに、今それは店じまいの旗に変わっている。
この家具屋が生まれてから、どれだけの歳月が流れたことだろう。
一度だけ、ここで本棚を買ったことがあった。あれはこの町に越してきてまだ間もない夏の頃だったろうか。店のおじいさんが、家の前まで届けてくれたのだった。あの本棚はもういっぱいだから、そろそろ新しい本棚も欲しいと思うのだけれど、今ここで家具屋に入る気持ちにはどうしてかなれなかった。
最後の客は、どんな人だろう?
ずっと店の前で番をしていた犬の指定席も、最近は透き通ったままである。
店じまいセールはいつ頃まで続くのだろうか。サマーバーゲンくらいに続くのだろうか。それとも、もっと長く続くのかもしれない。
西日に顔を向けた旗は、少し傾きながら、風の中で歌い続けていた。
さよなら、さよなら……。




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テーマ : エッセイ
ジャンル : 小説・文学

最後の日曜日

 *決定的一日

世界最後の日が、日曜日に決まった。
最後だから、本当に終わってしまう。
「日曜でよかったよ。あの人と顔を合わさずに済む」
「でも、ちょっと寂しいんじゃないですか? 最後ぐらい……」
馬鹿なこと言うな、と、村川さんは笑う。寂しいわけない、と。
神様はなぜ、世界最後の日を日曜日に決めたのだろう。


 *挨拶

「あ、こんちは」
すれ違いざまに、挨拶される。
「こんにちは」
顔を上げると目が合ったので、とりあえず挨拶を返した。
けれども、まったく知らない人であった。
もう会うことも、ないだろう。


 *生きている

ぎんちゃんが死んだ、ときかされた。
勝った時は、最高にうれしそうだった。
負けた時は、下を向いて動かなかった。
それでも、まだまだだと言った。まだやるぞと言った。
勝った時だけ、たまにごちそうしてくれた。
ぎんちゃんは、やっぱり生きている、ときかされた。
噂にすぎない話であった。
今も世界のどこかで、歩き笑い、勝ったり負けたりしながら回っている。
世界のどこかで。


 *ボレーシュート

試合中に芝を刈るのはやめてほしい。
選手たちは抗議しながら、ピッチの空いたところでボールを追っている。
狭いスペースで競り合いになるため、いつになく厳しい試合であった。
芝を刈る時間くらいいくらでもあるだろう……。
そう言う選手もいたが、いくらでもあったのはとっくに昔の話である。
すっかり時間は歪んでしまったのである。
今日の試合は、前半だけで打ち切られることになった。
誰一人、選手もサポーターも何者も出し惜しみするものはない。
早くもやって来たロスタイム、ゴール前に緩やかなアーリークロスが入る。
ニシザワ選手は当たり前の如くボレーシュートを放った。
止めている暇なんて、ないのだった。


 *知りたいの

「夢十夜って知ってる?」
「知らない」
「パレードはどこでやってるの?」
「知らない」
「CAS冷凍はおいしい?」
「知らない」
「キズパワーパッドは早く治るの?」
「知らない」
「カラフルは何色?」
「知らない」
「チルドレンは何歳?」
「知らない」
「物語はいつ始まるの?」
「知らない」
知らないと言うと、ミナちゃんは質問を変えた。
知っていると言ってもそれ以上は訊かない。
次から次へと、質問をぶつけてくるのだった。
「ロボット三原則は何と何?」
「さくらはいつ帰ってくるの?」
「次の開催地はどこなの?」
「六番目の小夜子は何番目?」
「マイクロトマトは何センチ?」
「地球は今日で何周目?」
「台風の目は何を見てるの?」
「ジョニイへの伝言は届いた?」
「なんで、そんなこときくの?」
「知りたいの。私、知りたいの。もっともっと知りたいの。
 知れる間に、知りたいの」
ミナちゃんは、泣きながら知りたいと言った。
知りたいというだけで、知りたい理由は置いてきぼりなのだった。
答えるだけは、とても疲れる。ついには嫌になる。
「もずくとめかぶとどっちがおいしいの?」
もう、どっちでもいい。
どっちでもいいし、どうでもいい。
質問攻めに疲れて逃げる。


 *ホテル

終末に近づいたホテルは、いっぱいだった。
フロントの人は、特別に従業員控え室を用意してくれた。
「申し訳ないので、安くしておきます」
ただというわけにはいかないようだった。
従業員控え室のソファーでくつろいでいると、従業員男と従業員女が手をつないで入ってきた。それから二人は人目をはばからず唇を合わせた。咳き込んで自分の存在を気づかせようとすると、何この人という目で従業員女に睨まれていたたまれない心持になる。従業員同士の引継ぎはできていないのであろうか?
従業員男と従業員女は何度も唇を合わせた後、互いに制服を脱いで裸になり激しく抱き合った。抱き合いながら、崩れながら床に落ちて、更に強く体を合わせるのであった。世界最後の夜のように、二人は愛し合っている。
二人の営みを眺めているのは、思いの他寂しく、屋根裏部屋かボイラー室にしてらもらえば良かったと深く後悔する。
せめて電気を消してくれればいいと思うが、まったくそうした様子はない。
ソファーにうつ伏せになって、無理やりに眠ることする。


 *最後の日曜日

村川さんが、来ていた。
「村川さん、今日日曜日ですよ」
そうだったか、と村川さんは寂しい顔をしている。
「世界最後の日ですよ」
そうだったか。村川さんは、木曜日のような顔をしている。


 *次の月曜日

何事もなく、月曜日がやってきた。
みんなは喜んだ。喜び方はそれなりだった。
そして、何人かは世界が終わったような顔をしていた。



テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

サマーバーゲン

夏のバーゲンが、始まったのはいつ頃だったろうか。
おそらく、夏のはじまり頃だろう。
でも、それが思い出せない。
家具屋の窓には、10%オフの紙が貼ってある。
家具屋の前には、店のお婆さんが座っている。
お婆さんがいない日には、大きな犬が舌を出してハーハー言っていたり、水を飲んでいたり、寝そべっていたりする。
それは、曜日によって決まっているのか天気によって決まっているのか、適当に決まっているのか決まっていないのかわからなかったが、必ず犬かお婆さんかどちかだけであり、犬とお婆さんが同時にいるということは一度もないのだった。


*
夏の日に
束の間落ちた
優しさは
スーツケースの
三日月だった
*


夏の間は、夏の歌を歌うことにしている。
それは夏休みの宿題だった。

家具屋の前を通ると、今日は、家具屋の前にはお婆さんが座っている。
特に何をするというわけでもなく、ただ座っている。
静かに前を見つめ、背筋を伸ばして、座っている。


*
夏のかぜ
束の間落ちた
闇の中
隙間に遠い
みどりの記憶
*


夏の間中、歩いていた。
歩いていると、色んなものとすれ違う。すれ違い、色んなものは過ぎて行く。
歩いているだけで、どんどんどんどん過ぎて行く。
歩けば歩くほど、どんどんどんどん過ぎていって、どんどんどんどん失っていく。
けれども、立ち止まっていても、やはり同じように失っていくのだから、どうせ同じなら歩かなければならない。
歩いていると、決まって家具屋の前を通る。何回でも通る。

「夏のバーゲンは、いつまでですか?」
座っているお婆さんに、訊いてみた。

「夏の間」
やっぱり、そうか。
やっぱり、そうだった。
夏の歌と同じ。


*
夏休み
束の間落ちた
宿無しに
澄めば親子の
みたらし団子
*


夏のバーゲンが、始まったのはいつ頃だったろうか。
おそらく、夏がかけ始めた頃だろう。
でも、それが思い出せない。
あと、どれくらい残っているのだろうか……。

歩いていると、いつの間にか朝が夜になり、日曜日が水曜日になる。
月夜は真昼になり、水曜日は月曜日になる。
家具屋の前のお婆さんが、犬になっている。
家具屋の窓の貼り紙には、10%~30%オフと書いてあった。

「夏のバーゲンは、もうすぐ終わりですか?」
寝そべっている犬に、訊いてみた。

けれども、犬は、眠っていて答えられなかった。
あるいは、眠ったふりをして答えなかった。


*
夏はもう
束の間落ちた
約束だ
水性ペンで
短く書いた
*


朝の商店街を歩く。
準備中となっている店を覗くと、店の中で従業員がせっせと準備をしている。
せっせせっせと言う賑やかな声が、漏れてくる。
閉店、本日終了、今日はもう終わりましたとうたっている店は、静かなままだ。
たくさんの静かさに打たれながら、歩いた。
商店街を端から端まで歩いて、商店街を突き抜けた。太陽が高い。

家具屋の前を歩くと、昼だった。
貼り紙は、とうとう半額になっていた。
夏のバーゲンも、間もなく終わる。


*
夏の輪に
束の間落ちた
柔らかく
擦り切れたひと
みかんのままで
*


知らない街を歩いた。知らないものばかりが目に入る。
知らない街は、自分のことを知らない。
だから、知らない街には多くの逃亡者たちが身を潜めている。
知らない街をゆっくりと歩いた。知らない街を歩けるのは、一度きりだ。
このまま歩いていて、冬になったらどうしよう……。
逃げているわけでもないのに、時折どうしようもない不安が襲ってくる。
しばらく歩いていると、家具屋の前にいた。

70%~90%以上オフ

もう、捨てるような勢いだった。
もう、おしまいなのだろう。もうすぐ……。

「夏も、おしまいですね」
久しぶりに、お婆さんに話しかけた。

「あの夏は、終わったけどね……
 まだ残ってる夏もあるのよ」
お婆さんは、あの夏の方を見ながら答えてくれた。

「夏のバーゲンは、まだ続くのよ」
そう言って微笑んだ。

「そうですか。じゃあ……」

僕も、夏の歌を……。


*
夏はかれ
束の間落ちた
夜光虫
寿司屋のかどで
三毛猫に逢う
*


あの夏とは違う夏を歩いた。
もう少しだけ、歩いていたいのだった。
夕闇、鳴き始めた虫の音色は、落ち着いている。
前方から流されてきた落葉と、音もなくぶつかった。
風は、夏でないどこか遠いところから吹き始めていた。



* 何かしら伝えるまでは休めない 筋書き未だ見えないけれど *






テーマ : 自作詩
ジャンル : 小説・文学

人の記録

朝、目覚めると人になっていた。
久しぶりのことだった。
昨日は確か、アホウドリだった。
その前は、ドブネズミ、その前は、赤とんぼ、その前は、シロイルカ。
その前は、テナガザル、その前は、ヌタウナギ、その前は、ハイイロオオカミ。
その前は、縄文式土器、その前は、飛行機雲、その前は、向かい風、その前は……
だんだんと、思い出すのが難しくなっていく。
確かなのは、今は人であるということ。


「今日は、何曜日ですか?」
会社の人に訊いてみる。月曜日ですか。そうですか。
「あなたは、誰ですか?」
逆に訊かれて、驚く。
僕は僕です、か、僕は人です、かを迷っていると向こうから、
「あなたは、陪審員ですよ」と言われる。
陪審員と決めつけられて、おたおたとする。


たった一日で白黒つけるのは、難儀だった。
青年は、如意棒を振りかざしながら、街中の自転車をなぎ倒したらしい。
自転車を放置している者にも問題あり。自動車でない分だけ、まだ救いあり。如意棒を持っているのが子供ならもっと個性を伸ばしてやるべきだが、そうでなければ自由の行き先を見誤ったということだ、などの意見もあったが、悪いものは悪いという単純な意見が多数を占めた。
石の上に30時間の罰で、なんとか意見はまとまった。


「何の調査ですか?」
寂しい夜道で、机を置いて従事している男に尋ねる。
アホを数えているんですか、なるほど、なるほど。
最近は、多いですね、アホ。
言った後で、少し不安になるが、自分のことは置いておかないと何も言えないので、まあいいかと思う。
朝までですか、大変ですね、まあ頑張って……。
眠らない街だな、ここは。でも、眠い。人間、疲れた。
明日は、何になっているだろうか。慣れっこの不安、不安、不安。
期待、少し。


朝は、必ず新しい何かをつれてやってくる。
昨日が蜥蜴であれ、ヤドカリであれ、全く新しい形を運んでくる。
今日が人なら、またいつか人である日も訪れるのだろう。
そして、人である時は、できるだけ人でなければできないことをしておく。
そう考えながら、日記なんかも書き残しておく。
人である誰かが、読むのだろうか。
おやすみ。




テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

幻代表選手

代表選手に選ばれた。
今まで何かに選ばれたことはなかったので、大変驚いた。
代表選手としての自覚について自分なりに、色々考える。考えるがわからない。
次の日から、取材人という人がやってきて、今日からよろしくと頭を下げた。
試合の日まで、密着取材させてほしいと言う。特に断る理由はなく許す。
取材人は、影踏み遊びのように、マンツーマンディフェンスをするペタペタ虫のように、あるいは鏡の中のうたい人のようにどこへ行くにもくっついてくるのだった。
カフェに行く時も、海へ行く時も、お墓参りに行く時もついてくる。
モスバーガーに遊びに行く時にもついてくるので、少し疲れる。そして、少し好きになる。

「本当に、どこまでもついてくるんですね」
お風呂場で、ふと言ってみる。

「どこまでも、ついていきますよ」
背中を流しながら、取材人は微笑んだ。

親切な取材人の協力もあって、試合の日までは平常心で過ごすことができ、心身ともに万全だった。
そして、試合の昼がきた。あの真っ赤な太陽が、敵になるのか。
試合が始まった。なかなか自分の出番はやってこない。
他の試合を観戦しながら、体をほぐしながら、待つ。
待っても待っても、呼ばれないので、なおも素振りを繰り返して、待つ。
いつになったら、呼ばれるのだろうか……。

他の選手の人にきいてみるが、どこの国の人もみんなしらばっくれるのでさらにへこむ。
仕方がないので、大会委員の人にきいてみた。
関係者でもないのに勝手に入るんじゃねえ、ばかやろうといってつまみ出される。
まだ試合に出てもいないので、必死になって抵抗した。今日一番の力で抵抗した。

「トリプルスの選手なんです、トリプルスの選手なんです、
 トリプルスの選手なんです」

よくきいてください。ちゃんときいて、調べてください。えらい人に。
トリプルスの選手なんです、リベロなんです。きけばいいじゃないか、雲の上の人に。
けれども、警備員は言葉を完全に理解できないロボットなのだった。
ばかやろう、ばかやろう、わからずやの鉄くずやろう。

泣きながら、会場を後にした。
外で取材人が微笑みながら待っていたので、泣きながらプロポーズした。
タイミングが悪かったのか、涙が嫌いな人だったのか、わからないなりに断られた。
じゃあ、と手を振って歩き出す。
取材人の人はついてこなかった。
しばらく歩いてから、振り返ってみると、取材人の人はもういなかった。
誰もいなかった。
元々いなかったみたいに。





テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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junsora(望光憂輔)

Author:junsora(望光憂輔)

おかしな比喩を探し求める内に
いつしか詩を書きはじめました
たいした意味などありゃしない


旅の途中の紙くずたち
今日も散らばって行こう
いつも破り捨てられても

猫と婆とそんな横顔はリンクフリー
「喜多さん、いいとこばっかじゃねえか」

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『ウィキペディア』












































 

「行き先のないバスに乗って
 あてのない旅をしています」

「僕たちは心の旅をまだ
 始めたばかりなんです」



「この場所は自由な場所。
 本当に自由すぎる」
「でもまだ足りないんです」





「春の足音を、
 しばらく前に、聞きました。
 私はもうとけてゆきます」
「大いなる誤解が
 とけていく速度で…」






『落書き』

偶然たどり着いたこの場所
あなたは何を探していたのです

求めるものと目の前にあるもの
それはどれほど違っていても
みかんの色は変わるのです

あなたという存在が
あなたを囲む海や人や森が
歌い励まし騙し傷つける頃
空想の世界の中で
生まれ変わるならば
いつかそれは
求めるものと同じであったか
近づいていくこともあるのでしょう

偶然目に触れた落書きに
こんなことが書いてあるとは
思わなかったでしょう
だからそれを望んで
これを書いたのです

少し時間を
無駄にさせてしまったね






『空白の壁ときみ』

壁が空いているから
ここを詩で埋めようかな

何も書くことはないけれど
何もない時だって
詩を書いていいんだよ

何もなくても
聴きたいときがある
きみの声を

点滅するバスは
行き先を決めかねているけど
もう詩は出発したよ

年中融けない雪だるまが
上で見てるんだ
これでまた融けにくくなった

壁が空いているから
サンドイッチのない詩を
猫に内緒で書いてる

見つかると嫉妬するからね

寝静まった頃静かに書いて
きみもやっぱり静かに読む

見知らぬきみ
またここで落ち合おう

きみの空いてる時間にね






『そんな横顔』

獣のような 大声で
どこかで 叫んだケダモノ
気高さを保ったまま
毛玉を嫌う ケダモノ
そんな生き物が いるのだろうか

僕らは 
不思議な生き物を見るような目で
不思議な生き物を眺めるんだ

1000年前から生きてるみたいに
落ち着いて 慌てない
何でも知ってるような
そんな横顔で
質問には 答えることもない

それでも 僕らは
昨日生まれた ばかりのような
そんな横顔 してたんだから
不思議な生き物 眺めるような
そんな横顔 してたんだから






『片隅』

ノートの片隅に
詩を書いている
誰に見せる
あてもない

頭の片隅に
詩を留めている
未だ現れる
気配はない

カフェの片隅で
詩を書いている
誰に会う
約束もない

世界の片隅で
詩と向き合っている
そうしていると
寂しくもない






『できそこない道』

完成することのない
できそこない道を
僕は歩いている

進んでいるのか
戻っているのか
それさえわからない

それでもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている

つまずくことばかり
挫けることばかり
たどりつくこともない

どこにもかえれない
できそこない道を
僕は歩いている






『なきうた』

理由もなく
泣きたくなるのです

二月が終わる頃になると
遥かなる距離を越えて
オレンジの光が
届いたのを知った時

理由もなく
泣きたくなるのです

小さな息吹が
青白い風の中に
溶け込む匂いを知った時

私は生まれるよりも
遥か前のことを
思い出しながら

理由もなく涙を流し
歌わねばならない
という理由において
歌うのです

遠い過去の人である
私の声が
あなたの元へ届く日を
想像したりしながら
























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