白猫の夜
2008-05-15 Thu 21:19
まだ夜は黒く、黒いから夜だった。
壁と壁の間の人が一人通れるか通れないかという細い道。
そんな道が好きだ。
猫は駆け抜ける。
目的地を目指して、ジュニーニョよりも速く。
人が知らない宝の在り処、それを見つけるのが猫の才能だ。
人気のないのを確認するため、壁の隙間から小さな首を出した。
誰もいない。
よし、行こう。



綺麗な服を着たら
きっと綺麗になれるから
綺麗な服を作ってキミにみせた
キミは一言
奇妙な服だと言った
私は安らぎが欲しくなった

奇妙な格好で始まった
旅はどこまで行っても安らがない
奇妙な運命の受け入れ先は
冬の星座には含まれないから
私は冬から脱皮して
優しい人を目指したんだ

優しい人と一緒なら
きっと優しくなれるなら
キミはきっと優しくはなかった
だから私は
さようなら
綺麗な服はもういらない

白い猫で出発します
きっと夜の中で
見つけてください




そこには、先客が待っていた。
猫とは違う形をしていた。

「おい、黒カラス。宝物は見つかったかい?」

「なんだい、白猫。ここには何もないぜ」

カラスは口先だけの嘘でごまかせると思っているようだった。
バケツをひっくり返したような宝探しの中にいて、動かないことが動かぬ証拠のように思われた。
猫は、まっしぐらに突っ込んでいった。
宝物の真ん中に向かって、あるいはカラスそのものへと……。

その横顔は、死より光を追い求めるランナーのようだった。

けれども、それより凄い勢いで闇が舞い降りてきた。
それは黒いカラスの集団だった。
黒い飢えは、みんな我先に宝を求めて尖った口先を下ろしていく。
猫は、三歩ほど下がった場所でその光景を眺めていた。
空がだんだん自分と同じ色に変わっていく中で、自分自身もまた急速に醒めていくような感覚を覚えた。
もう、朝か……。
帰って、眠ろう。









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おかえりなさい
2008-05-09 Fri 17:20
お婆さんは、毎日日記を書く。
日記を書くと瞬時に100人もの人が見に来るのだ。
そしてペタペタと足跡を残していくのだ。
けれども、日記帳が真っ黒に汚れてしまったりボロボロになったりすることがないのは、足跡というのが実は人の名前だからなのだった。
名前といっても、親やお祖母さんが付けるような名前ではなく、みんなが好き勝手に付けられる。
勿論、お婆さんだって好き勝手に名前を付け、時には変更だってするのだ。
いったいどんな人が見に来ているのだろうと思って、時々足跡をたどってみる。
足跡をたどるといっても実際にてくてくと追いかけるわけではなく、瞬間的にその人の家まで行くのである。
家といっても、本当にその人が住んでいる建物ではなく、言わば架空の家なのである。
そうして足跡をたどってその人の家に遊びに行ってみるのだが、家を見ただけではどんな人かまではわからないのである。
そこで何か声でもかけてみようかと思うが、変な人と思われるかもしれないし、やっぱりやめておとなしく自分の家に帰るのだった。
家といっても、木造の家とかではなくて、お婆さんの日記のある家だ。
いずれにせよ、お婆さんは自分の家にいてその中でまた家の中にいて日記を書くのだった。
日記を書くと瞬時に100人ばかりの人が見に来るのだった。

「はーい、笑って、笑って!」

書くことに困った時は、猫の出番だ。
モデル料はたっぷりとはずむことになっている。
それが十分にわかっているので、猫も素敵なポーズを惜しまない。
ナイスショットの連続に、お婆さんの指にも思わず力が入る。
今日は、どれくらいの人が訪れか、わくわくしてくるのだった。



新しい日の始まりに
星と雲の流れ
心と頭と体の
乱れを

確かめなければ
進めない

新しい人との始まりに
どこからやって来て
好きと嫌いと
匂いと関心を

確かめなければ
落ち着けない

みんなみんなチェックマン
一通りのシートを持ってる

新しい場所での始まりに
澄んだ水と
優しい空気と
自分の居場所が

確かめなければ
生きられない

長い一日の終わりに
目を閉じて
よかったこと
わるかったこと

確かめなければ
安らげない

いつもみんながチェックマン
自分なりの基準を持ってる

最初は何も
知らなかったし
知らずにすんだ

でもいつか立ち止まり
振り返ることを
確かめることを

知ってしまった
チェックマン

項目に追われて
進み続ける




お婆さんは日記を書いた。
すると瞬時に100人の人が、日記を見に来た。
結局1時間の間に104人もの人がどこからともなく訪れたのだった。
そして今日も、静かに足跡だけを残し去って行った。
お婆さんは、どんな人が見てくれたのだろうと思って記号のような名前の足跡を一つずつたどっていった。
そうしている内に、夜はどんどん更けていき何かを見失っていくかのようだったけれど、それが何かということまではわからなかった。
ふと、少し離れたベッドの上でじっとお婆さんを見つめる生き物の視線に気がついた。
いつも、一緒にいるはずの猫だった。

その横顔は、明けない夜を知った朝顔のように寂しげだった。

そして、猫の目は静かに語りかけてくるのだった。

「お婆さん、たったひとりに届くことを夢見た頃を思い出せ。
 ようやく、誰かひとりに伝わったときの喜びを思い出せ。」

お婆さんは、しばらくじっとしたまま猫の声なき声を聴いていた。
それからモニターに向き直ると、少し照れたように笑みを浮かべた。
そして、音もなく日記を閉じた。
再び猫の方に顔を向けると、久しぶりに一首詠んだ。
猫は、静かに耳を傾けていた。



                 *


 足跡を一つ一つたどったらいつかどこにもかえれなくなる










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猫船長
2008-05-03 Sat 08:06
今日はろくなものが釣れない。
スリッパに、サンダル、つっかけや、草履、長靴に、ロンドンブーツ……。
まるで志村けんのコントみたいなものしか釣れない。
お婆さんは、アイーンを繰り返しながら穏やかな波を見つめていた。
すっかりと、朝。
海にやってきてからもう軽く半日が過ぎているというのに、なかなか本命がかからないのだった。

「ん、ん、 これは!」

お婆さんは手ごたえを感じて、クルクルと腕を廻し始めた。
コントを超える何か、雑貨的なものでない生身の重さが伝わってきて、この日初めて手に力が漲っていくのが感じられた。
ついに釣り上げたそれは、アオリイカだった。
お婆さんは、がっくりと肩を落とした。

「猫船長! ダメでした」

けれども、猫船長はじっと海を見つめたまま動かなかった。
まるで、眠ってしまっているかのようだった。



一番好きなものは
いつも最後にとっておく

時々
誰かに持っていかれたり
壊されてしまうこともあるけれど

一番好きなものは
きっといつか戻って来る

一番好きなものは
大事に大事に
残しておく

時々
大事にしすぎて
忘れてしまうこともあるけれど

一番好きなものは
きっといつか思い出す

一番好きなものは
ずっと遠くにおいておく

本当に
必要になった時

一番好きなものは
最後に待って
いてくれる




「猫船長、今日はこのまま引き返しましょう」

お婆さんの提案を、長靴を履いた猫船長は完全に無視した。
それというのも、その時猫船長の手は覚えのある手ごたえをしっかりと掴んでいたからだ。
グイッと竿を引き上げると、びっくりタコが姿を現し、お婆さんが横からヒョイと網を差し出して見事捕獲に成功した。
次の瞬間、びっくりタコが黒い液体を勢いよく噴き出したため流石の猫船長もよける暇もなく、その場で固まっていた。

その横顔は、完全な夜によって塗りつぶされた虎のように静かだった。

おかげで、猫船長はその日一日を黒猫として過ごさなければならなかったのだ。
お婆さんは、笑いをこらえながら大きな声で叫んだ。

「猫船長、本命を捕まえました!
 行きましょう! 大阪府庁へ!」
たくさんのたこ焼きが作れそうだった。
みんなに元気が届けられそうなくらいに……。
猫船長は、力強く舵を切った。








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家族テーブル
2008-04-28 Mon 14:05
思えば、お婆さんは家族のようなものだった。
テーブルに着くと、店員さんが水を運んできてくれた。
お婆さんは、読んでいた新聞をクルクルと丸めるとソフトクリームのカップのような形になった新聞の中に水を注いでみせた。
それから新聞を広げると、不思議なことに新聞はひとつも濡れていなかったのだ。
猫は、テーブルの上に身を乗り出して驚いた。
そして、驚いたら当然のようにお腹も空いてきた。
ファミリーレストランには、食べたいものが何でもあった。
猫とお婆さんは、仲良くメニューを眺めてアットホームな時間を過ごした。
ツルツルしたメニューの上に、猫の手がペタペタとしるしを残していく。
頃は良しと呼び出しのボタンを押す。



呼び出したけれど
来てくれるかは
わからない

来てくれたから
何かを告げるかは
わからない

告げた言葉が
すべて本当かは
わからない

僕にはまだ
わからない

声を出したけど
伝わったかは
わからない

伝わったけれど
届いているかは
わからない

届いたから
返ってくるかは
わからない

僕にはまだ
わからない

一緒にいるけど
好きかどうかは
わからない

好きと言うけど
好きかどうかは
わからない

明日も明後日も
好きかどうかは
わからない

僕にはまだ
わからない

離れていったけど
嫌いかどうかは
わからない

告げた言葉が
すべて本当かは
わからない

好きだったけど
好きだったかは
わからない

僕にはまだ
わからない

ずっとずっと




程なく店員さんがやってくると、お婆さんはお手洗いの場所を聞いた。
店員さんは、丁寧に説明を終えると帰っていった。
それから、お手洗いに行くかと思うとお婆さんは動かなかった。
今は、お手洗いには行きたくなかったのだ。

またボタンを押すと、店員さんがやってきて水を入れてくれた。
お婆さんは、新聞をクルクルと丸めて、得意の手品を披露すると店員さんはパチパチと拍手をして帰っていった。

そろそろお腹がペコペコになってしまったので、猫は呼び出しボタンを押した。
今度は本題に入らなければ、何をしに来たのかわからない。
間もなく店員さんがやってきた。
すると、お婆さんはプロポーズした。
猫は、椅子から滑り落ちてしまった。
しばらくの間、立ち直ることができなかった。

その横顔は、家族会議のひび割れたテーブルのように修復が難しかった。

店員さんが、猫の席に座っていた。
楽しそうに会話が弾んでいる。
何がどうなっているのか、さっぱりわからない。
猫は、よろよろとふらつきながら、ゆっくりと店を出て行った。
もう、どうでもいい……。
まずは何か、食べ物だった。









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猫の代名詞
2008-04-22 Tue 21:53
そんなに寝てばかりいると、豚になるよとお婆さんは言う。
眠ったくらいで豚になるということがあるのだろうか?
まどろみながら猫は、考えていた。
もしもそうなら眠ることは、生まれ変わることに似ている。
毎日が生まれ変わりの連続で、夢見ている間に自分の夢見る姿に、あるいは恐れるものに形を変えていくのだ。
目覚めた瞬間、別の自分になる。
心も……。
猫は、自分が巨大な人間になることを想像して一瞬ギョッとした。

*

少し豚になってきたのではないか……。
食べること夢見ること、猫にとってそれは自分が歌うことと同じように大事なことだ。
お婆さんは、十分に理解しているつもりだったが時々猫のことを心配して小言を言ってしまう。
豚汁を飲み終えて、新しい歌を考えた。
けれども、今は何も浮かばなかった。
猫の姿を眺める内、なんだかお婆さんも眠たくなってきた。



ブタといったらかわいそう
あの子とってもかわいそう
なぜならあの子は
ブタなんかじゃない

そんなこと言ったらかわいそう
あの子がとってもかわいそう
どこからみてもあの子
ブタなんかじゃない

ブタと言う奴がブタだよ
だからあの子に謝りなさい
ブタなんて呼んだこと

*

私ブタです
人が名づけてくれました
選ぶ余地もなく
私はブタです

時々人が人のことを
私の名で呼ぶことがあるけど
呼ばれた人が泣いているのをみて
私とっても
泣きたくなるのです

それでも
私ブタです
牛でも猫でも人でもなくて
私ブタです




猫は目を覚ますとまずは一安心した。
どうやら自分は、人間なんかにはなっていない。
いつものように猫のようだ。
自分が自分であることだけでこれほど嬉しい自分に少しだけ驚いた。
そして、牛になったお婆さんを見て今度はもっと驚いた。
ひとのことを心配していたお婆さんの方が牛になってしまうなんて!
牛は、ゆっくりと猫の方に歩み寄ってきた。

その横顔は、前世と来世とミルクが入り混じったように揺らいでいた。

「モー モー ……」
そして
「ンモー、」
などと話しかけてくる。
けれども、牛の言葉は猫にはまるでわからなかった。
猫は、近づいてくる牛を十分に引きつけてから、ひらりと身をかわした。
久しぶりに、いい運動になりそう だった。













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