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2009-11-09 Mon 05:02
ペンスタンドの中には、ペンがあふれていた。
あふれながら、誰もが飛び出すことを夢見ていた。 尖ったの光ったの丸いの鋭いの長いの細いの新しいのくたびれたの、とっくに力を使い切ったペンも含めて入っていた。そして、中にはペンではないものも交じっていたが、ペン達は彼らを指して笑ったり邪魔者扱いするような真似はしなかった。ペンスタンドの中に放り込まれるからには、少なくとも自分たちと比較して何らかの類似点が認められるはずだったし、ペンスタンドの中に入ってしまえばそれが文字や色を生み出そうと生み出すまいと、同じ仲間として認めていたからである。それに加えて、ペンスタンドというものは、あまりにペンの仲間が寂しすぎる状態では往々にして安定感の不足を招き、ふとしたことで転倒してしまう危険があるということを、多くの経験から学び心得ていたのであり、それ故に輪を大事にするということは、ペンスタンドの中で暮らすペン達にとっては、染み付いた習性のようなものであった。それでいてやはり、ペンでないものはその用途もまるで異なるので、ペンの横に立っていても、ペンのライバルには決してならないため、その点ペンは安心して横に立っていられることができた。 ペンは、自分からは出て行くことはできなかったが、もしも自分が選ばれた時のことを思いながら、いつも狭い箱の中で退屈な時を凌ぎながら、自分の力を蓄え続けているのである。 「今日はどれにしようかな」 お婆さんが、筆をとる準備に入ると、みんなが一斉に立候補した。 ペンスタンドの中で、新星が生まれるようにペン達は回転し、少しでも目に付く場所を目指し移動した。 何本かは、重力に逆らって浮き上がってみせた。 はい! 「ぼく、ぼく、ぼく、ぼく、ぼく、ぼく、ぼく、ぼく、ぼく、ぼく、ぼく、」 みんなが、一斉に声をあげるので、お婆さんの耳には一つの声も届かなかった。 お婆さんは、適当にペンを選んで、走らせ始めた。 猫は、眠っていた。 未確認飛行物体 今すぐ 私を確認して私を 引き上げて この狭い街から 私を救って 自由をください 未確認飛行物体 今ここで 私を認めて私を 引き立てて この狭い星から 私を救って 自由をください どこへ逃げても どこまで逃げても 屋根の下 見張られている 未確認飛行物体 ずっと待っている 未確認飛行物体 早く降りてきて この狭い世界から 私を解いてください ペンは、走り出した。 止まっていた時間、眠っていた夢を吐き出すように優雅に雄弁に迷いのない軌道を描いて、お婆さんの指を引いて走り続けた。 選ばれなかった仲間たちは、今はおとなしくなった箱の中で身を寄せ合いながら、ただその雄姿を見つめていた。 「たまたま選ばれただけ」誰かが零した。 「選ばれただけのことはあるね」それには、誰も答えなかった。 ペンは一時も休むことなく、深まる夜の中を狂ったように駆け抜けていった。 ついには、お婆さんが疲れ、机の上で眠り込んでしまった時でさえ、走り続けたのだ。 「前しか見えなくなってるね」 朝、目覚めた時、書きあがった何百枚もの原稿を見て、お婆さんは飛び上がった。 「やったー! すごい! わたしってすごい!」 お婆さんは、自分でも気がつかない内に駆け抜けた筆力に、自ら賞賛の叫びをあげた。 どうだ、すごいでしょう。賛同を求めるように、猫を見上げた。 猫は、天井にくっついたまま、眠っていた。 その横顔は、広大な夢の中を遊泳する宇宙クラゲのようだった。 机の上から、音もなくペンが転げ落ちた。 薄目を開けて、猫は見た。 |
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2009-10-16 Fri 16:18
熱心に耳を傾ける猫に、お婆さんは優しく昔話を読み聞かせていた。
あれは読んだ、これはもう聞いたと猫はわがままにリクエストするものだから、お婆さんはとうとう猫のためにオリジナルの昔話を作らなければならなかったのだ。お話の意味なんてまるで理解していないような猫ではあったが、その耳はお婆さんの語りを風のオーケストラを聴くように熱心に聴いているものだから、お婆さんも心を込めないわけにはいかないのだった。 猫は、お婆さんの優しい語りを聴きながら眠りに落ちていくことを、ちょうど一つの季節が終わるくらいまでの間好んだ。 昔々、あるところに働き者の猫たちが暮らす村がありました。電器屋さんの猫は、毎日毎日、最新の最新家電を売りつけていたのでした。 猫がうとうとし始めたので、お婆さんはしめしめとお話をやめた。けれども、猫は途端に飛び起きてお婆さんを責めるので、お婆さんはまたお話を続けなければならなかった。 出来立ての最新家電が出来たよ! そこのお兄さん買わないかい? 今買えばお兄さんも、最新の人になれるよ。だけども、もしも買わないならば、それは一番新しいチャンスを逃したということ。そうして逃したチャンスはどんどんどんどん古びて忘れ去られてしまうのだし、その間というもの、また最新家電は次々と更新されるので最新のものは追い越され追いやられ、本当の最新家電が最新のスポットを占めるのだよ。だけども、お兄さんが今それを最新のものとして受け止めてあげれば、それは今最新であるばかりでなく、いつまでもいつまでもその形がどんなに古びたとしてもその心意気はフレッシュなのだよ、お兄さん。買わないかい? 買わないかい? これはいつでも見過ごされるチャンスの中の一つに過ぎないよ。と猫が言うと、お兄さんは、今日はアンティークな風が吹いてらぁ、と言って飛んでいきました。 恐る恐る、お婆さんが猫の方を見ると、猫はどうやら眠っているようだった。 やめないで 私はまだ耳を 澄まして聴いている キミの声が 聴こえなくなったら 私も消えてしまいそう やめないで どうか 私のためにだけ やめないで 私はまだキミを 頼りに生きている キミの声が 聴こえなくなったら ひとりで消えてしまいそう やめないで どうか 私のためだけに やめないで まだやめないで やめないで ずっとずっと やめないで 私が息をしている間は ずっとずっと 歌って 猫が休んだので、お婆さんは羽を伸ばして最新家電売り場へいざ出発した。 これぞ最新家電だよ! そこのお婆さん買わないかい? 今若い人の間で大人気の最新家電だよ。だけども、若くない人たちにとっても、決して若くはない人たちにとっても何も差し支えないどころか、とてもありがたい品物というわけだ。人気の秘密は何よりその新しさ。こいつは魔法だよ。絵も出る音も出る魔法の箱だよ。そこの素敵なお婆さん買わないかい? と猫の店員が言うので、お婆さんは丁寧に断った。 「テレビなら、もうありますわ」 液晶画面の中では、戦国の武将が兜に宛がう漢字の一つについてああでもないこうでもないと悩んでおり、その横にいた美しい女が紙に書かれた一つの文字を拾い上げて、これこそがあなたにふさわしい一字なのではないかと進言している様子が映し出されていて、どうやら話はその方向でまとまりかけているようだった。 また、その横のもう一つの液晶画面の中では猫が大あくびをしている。 その横顔は、愛くるしいものだった。 お婆さんの欲しい最新家電は、まだ新しすぎたためか、どこにも売っていないのだった。そして、それこそが自分がまだやらなければならない答えの一つだとお婆さんは考えた。 |
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2009-10-07 Wed 15:51
お婆さん、遊びましょ。
けれども、お婆さんは寡黙である。 ピンと背筋を伸ばし、すらすらとテーブルの上でペンを走らせているのだ。 今日は、お婆さんのペンがとてもよく走る。走っている時のお婆さんは大人しく、猫がちょっかいを出してもほとんど何も返してこず、ひどい時などは完全に無視されてしまうのだ。そうだ、ちょうど今日みたいに。 お婆さん、遊びましょ。 けれども、お婆さんは応えない。仕方なく、猫は走るペンを追っていく。 今日のお婆さんは、とても速い。追っても追ってもなかなか追いつけない。それでも猫は、あきらめずに走り続ける。 森の奥深く、入り込み、猫はまだ走っていた。足に絡みつく長い草が、ひんやりとして冷たかった。猫の前にはシロウサギが走っていて、猫の後ろにはワニが走っている。艶やかな月が大木の真上で丸く光っていた。もう、夜だった。 走っても走っても、ワニとの距離は縮まらない。 このままでは、ワニに捕まってしまう。なんてことだ、なんてことだ。猫は、想像を超えたワニの体力に、パニックに陥っていた。 ペンを追いかけていた猫は、いつの間にか追われる身になっていたのだ。 振り向いて くれないなら 僕もキミと幻を 追いかけよう 窓から森へ 飛べ飛べ どこまでも キミと一緒 ふたりでいて くれないなら 僕もキミの分身を 追いかけよう 森から星へ 飛べ飛べ どこまでも キミと一緒 寂しさのかけら 紡ぎつないで 物語の中へ どこまでも キミと 逃げる 「こっちだよ!」 シロウサギの声に導かれて進むと、天へと続く縄梯子が見えた。 シロウサギはぴょんぴょんと、猫はするすると縄梯子を上っていったけれど、ワニは長い顎を持て余して、二つの小さな生き物をただうっとりと見つめているだけであった。くやしさからか、あるいは寂しさからワニが縄梯子に噛み付いて食いちぎった時、もう猫の体は月の上にあった。 「本日は、満室になります」 どこまで歩いても、月の宿は満室だった。 今日は、秋だからね、とシロウサギが言った。今日だけが秋というのは、おかしな言葉だと思ったが、シロウサギのしゃべることだから多少おかしくても当たり前と思い、猫はあれこれと言うのを思いとどまった。 月の宿で、おいしいものでも食べたかったけれど……。月の大地に寝そべりながら、月のかけらを食べた。あまりおいしくはなかった。 「あまり食べないでね」 明日は満月だからね、とシロウサギが忠告する。 月の理屈はよくわからないものだ。それに、多少食べたところで、月の形が変わるわけでもあるまいし……。 猫は、気にせず食べることに決めた。今は、自分の空腹を埋めることが何より大事に思われたし、助けてもらった恩はあるけれど、何かと口うるさいのはごめんだった。 そうして、ポリポリポリポリと食べていると、月の大地は脆くも崩れ去り、猫は滑り落ちてしまうのだった。 「だから、」 一瞬、声がした。 みるみる地球が近づいてくる。ワニが大きな口を開けて、待っているのが見えた。 同じ場所に、落ちる、なんて……。 猫は、落ちながら、回りながら、頭を抱え込んでいた。 その横顔は、ツキノワグマが投げつけた雪のように真っ白だった。 「ごはんですよ!」 ペンを止めて、お婆さんが言った。 ようやく、時間が止まった。あるいは、動き始めた。 また、何かつまみ食いしたね……。猫の口の周りに、そっと指を走らる。 それは、月のかけらだった。 |
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2009-09-30 Wed 12:55
雨が降ったのはずいぶん前だ。
白い帽子の下で、お婆さんの顔はリンゴ飴のように光っていた。真夏の太陽が川面を真っ直ぐ見つめると、その跳ね返りさえ一向に鋭さを失わないままお婆さんの頬を射すのだった。 日が落ちるまでに、洗濯を終わらせなければならない。 けれども、少し小腹が空いてきた。 こんな時、おとぎ話だったらどんぶらこどんぶらこと何か奇妙なものが流れてくるのだし、そこから新しい命だって生まれたりもするのだけれど……。 期待することもなく、川の流れを見つめていると、どんぶらふわり、どんぶらふわり、と友が流れてきた。 「おー、友よ」 猫が、ひと泳ぎ終えて戻ってきたのだ。 ぶるぶると身震いすると、すぐにお婆さんを日よけにして眠り込んでしまった。 お婆さんは、気持ちよさそうに眠る猫の横でゴシゴシ、ザブザブと手強い洗濯物どもと格闘を続けるのだけれど、なかなか勝利の光は見えてこないのだった。 やがて、手を休めると、川の生き物と静かに闘っているおじいさんの元に歩いていった。 お婆さんがやってきた時から、彼は1ミリだって動いていなかった。 「何か釣れますか?」 おじいさんは、ふんと鼻を鳴らした。 「こんな汚い川で釣れるもんかい!」 意外な返事に、お婆さんは会話の糸口を見失った。 こんなにも 集まった山の 汚れはすべて 川の美しさで 洗い流そう どんぶらこどんぶらこ 汚れた数だけ 生きていたんだ こんなにも 積もった人の 汚れはすべて 水の素直さで 洗い落とそう どんぶらこどんぶらこ 汚れた数だけ 生きていたんだ さあ 清めよ 命の水よ お婆さんは、山ほどの洗濯物を抱えて家に戻ってきた。 けれども、洗濯物はみんな例外なく真っ黒に染まっていた。 なぜ、あの時気がつかなかったのだろう? 洗えば洗うほど、どんどん汚れていっているという大いなる矛盾に。 きっと真夏の太陽がまぶしすぎたからだ。 お婆さんは、とりあえず自分のせいではなく、自分より遥かに大きなものに責任のバトンを投げかけてみた。 自分ばかりを責めてみても良い結果は得られないということを、経験上よく知っていたし、自分より大きなものなら、それを何事もなかったように受け止めたり、本当に何事もないかのように無視してくれるからだった。 そして、それとは反対に自分より小さいものに対しては……。 小さい、小さい、 小さな猫は、どこだ? 玄関の前で、山ほどあふれかえったポストを見つめながら、猫の不在に気づく。 はっとして洗濯かごを、手放した。 散乱した洗濯物の片隅から、ひそひそと黒い布キレたちがささやきながら集まり、盛り上がり、それはまるで生き物のようにはっきりと自分の意思を持ちながら、踊りだした。腰が抜けるほどお婆さんは驚いたけれど、やがてそれが猫だと気がつくと声を出して笑った。 猫は、洗濯物のベッドの中で良い夢をたくさん見て、もうすぐやってくる夜のように濃く染まってしまったのだ。 少し戸惑ったように、腕をペロペロと舐めはじめている。 その横顔は、夜一面に命を描くアーティストのようだった。 今日も、猫と一緒にお風呂に入らなければならない。 そして、汚れた洗濯物は、すべて洗濯機で洗い流そう。 お婆さんは、腰を屈めて、一つ一つ、 汚れた今日を拾い始める。 |
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2009-09-15 Tue 15:35
お婆さんは走っていた。
猫をおいて、お婆さんのペンと友達になりながら、走っていた。 机の上で一心不乱に走り続けるお婆さんの横顔を、猫は見つめていた。 お婆さんは、日記を書いているのだ、と猫は睨んだ。 それは壮大な歴史日記かもしれない。猫は、お婆さんの歴史日記を上から覗きこんだ。 けれども、猫にはその内容までもは理解できなかった。 鏡の向こうに猫を見つけて、猫は問いかけた。 「おまえは誰だ?」 鏡の向こうの猫は、じっと猫の方を向いたまま重々しく言い放った。 「それはおまえが決めることだ」 私は歌う 誰でもない 私へ向けて 明日を恐れる 今日の中で 私は向かう 誰でもない 私の歌へ いつか誰かにも 届くだろう 私の歌が 私のことのように 私は知っている 私はいつも ひとりではないのだと 私は歌う 行方不明の 私へ向けて 途切れたままの 物語の中へ 私は向かう 誰でもない 私のために いつか誰かが 受け止めるだろう 私の歌を 私のことのように 私は知っている 私はいつも ひとりではないのだと 私は歌う 傷つくほどの 私へ向けて 私は歌う 失うほどの 私へ向けて 私は知っている 私はいつも ひとりではないのだと 「おまえとは誰だ?」 猫は、すぐさま問い返した。 鏡の向こうの猫は、猫に向かってさっきと同じことを言った。 「それはおまえが決めることだ」 猫は、今度は別の猫に訊いてみることにした。 鏡の向こうの猫の隣の別の猫に向かって、同じ質問を投げかけた。 けれども、受け止めた猫は、やはり瞬時に同じ答えを返すばかりだった。 「それはおまえが決めることだ」 猫は、鏡の向こうにいる別の猫に向かって、次こそは違う答えが返ってくることを待ち望むように次々と質問を投げ続けたけれど、鏡の向こうの猫はまるで皆で申し合わせたように同じ答えを投げ返してきて、猫の顔色は次第に落胆の色を濃くしていくのだった。 散々同じ答えを聞いた後、猫は鏡の向こうの中で、ほんの一瞬猫から目を逸らした猫に気がついた。猫は、淡い期待を込めて最後の質問を投げた。 「おまえとは……」 鏡の向こうでほんの一瞬猫から目を逸らしたように見えた猫の答えは、一瞬だった。 「それはおまえが決めることだ」 突き放すように、言った。 その横顔は、世界の車窓から見た猫のように白かった。 けれども、突然お婆さんが列車を止めて言った。 「それは、私もまだわからないんだよ」 猫は、ようやく返ってきた今までと違う答えに安心して目を閉じた。 鏡の中にいた無数の猫は消え、お婆さんの横顔が現れた。 |
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